「自立支援センターからきた相談員です。私たちと一緒にきてもらいます」
千葉県の住宅街にある一軒家。朝9時すぎ、奈美さんが2階にある自室のベッドでまどろんでいると、突然ドアが開き、知らない男たちが入ってきた。
男の1人に告げられた。
「自立支援センターからきた相談員です」
「私たちと一緒にきてもらいます」
続けて、こうも問われた。
「将来のこととか、ちゃんと考えてるの」
男たちとともにドアを開けた母は、すぐに姿を消した。2017年10月のことだ。夕方まで、7時間にわたる「説得」が始まった。
奈美さんはその2年前から自室にひきこもり、たまにコンビニに出かけるのがやっとの状態だった。父は別居中で母との仲も険悪だった。
母の依頼で来たという男たち。「支援センターというからには、役所の福祉関係の人なのかな」と思ったが、公務員にしては雰囲気が粗暴に感じられた、と奈美さんは振り返る。
なにしろ自分は下着もつけず、部屋着姿のまま。息がかかりそうな距離に知らない男が居続けるのは異様で、次第に恐怖心がつのっていった。
「あなたはもうこの家に住めない」
「働かないで親に悪いと思わないの」
お構いなしに、男はしゃべり続けた。
どれくらい時間が経ったのか。男に背を向け、身を硬くしているとこう言い放たれた。
「こんなことしてても仕方がないですよね」
続く男の一言に、奈美さんは凍りついたという。
「黙ってたら帰ると思わないでね」
男に背を向けたまま、震える手で携帯を握り、近くに住む父の二三男さん(仮名)にメールで助けを求めた。自転車で駆けつけた二三男さんによると、リビングや廊下、そして娘の部屋に見知らぬ4人の男女がいたという。
「自分の家が、知らない男たちに占拠されているかのようでしたね」
二三男さんがそのときのショックを振り返る。
奈美さんの部屋には坊主頭の男が座り込み、不気味だった。「入所させることには反対だ」と男らに告げたが、相手は「契約がある」「正式な依頼を受けている」などと言い、まったく動じなかったという。押し問答は7時間も続いた。
窓の外が薄暗くなると、男らの態度が一変する。
「最初は『お父さま』などと言っていたのが、こちらをにらみ、すごんできたんです。私も高齢だし、完全に甘くみられていたんですね」
「夜中になってでも連れ出す」
そう言ってこちらをにらむ男の目をみて、二三男さん自身も身の危険を感じた。
その後、いったん1階に降りていた男ら3人がドシドシと音を立てて階段を上り、「娘の手足を抱えてあっという間に部屋から連れ出した」(二三男さん)。言葉を出す間もなかったという。
午後5時すぎ、奈美さんは裸足のまま玄関から出され、門の前に横付けされたワゴン車に乗せられた。
「恐怖で全身が震え、ずっと涙が止まらなかった。声も出せない状態でした」
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職員から軽くほおをたたかれ、スポーツドリンクのペットボトルを唇に押し当てられた
薄暗い車内で男らが談笑する声が耳に残っている。着いた先が、東京・新宿の「あけぼのばし自立研修センター」の寮であるビルの一室だった。
入れられた4階の部屋は、なぜか奥の方に2段ベッドが二つ、間隔を離して置かれていた。壁際にはシャワー室やトイレ、ベッドとベッドの間には畳敷きのスペースもあり、天井には防犯カメラのようなものが設置されているのも見えたという。
奈美さんは連れ出されたショックに加え、まるで監視するかのように同じ室内に女性職員がつきっきりでいたこともあり、何ものどを通らなかった。
翌日も、その翌日も何も口にできず、頭の中が白くもやがかかったようになったという。職員から軽くほおをたたかれ、スポーツドリンクのペットボトルを唇に押し当てられた。
その日、奈美さんは意識が遠のき、救急車で東京女子医大病院に搬送された。脱水症状だった。そのまま1カ月間入院した。病院でセンターに戻るのを拒否し、どうにか自宅に帰ることができたという。
この事件をきっかけに、母は家を出て、父と一緒に住むようになった。
奈美さんは最初に取材に応じてくれた3カ月後の19年8月、慰謝料など550万円を求めてセンターと職員、無断で契約した自身の母親を提訴した。
自宅から連れ出された経緯について奈美さんは「男らに腕をつかまれ、数人に抱えられるように階段を下ろされた」と主張した。
だが、センター側は、裁判所に提出した書面で「女性は両親による説得を受け入れ、自らの足で歩いて車に乗り込んだ」「(女性職員が寮の部屋にいたのは)精神的な不安を和らげるため」などと、女性の意思に反する連れ出しや監禁行為を否定した。
つまり、奈美さんは納得の上、自ら進んで車に乗ったというのだ。
「自立支援契約」は、母親からの相談を受けて、ひきこもっている奈美さんの状況を聞き取ったり支援内容を説明したりした上で結ばれ、違法な点はないなどとも主張した。
それから2年半に及ぶ奈美さんの苦しい闘いが始まることになる。長くひきこもり、いまも体調が万全でない彼女を、父の二三男さんがそばで支えた。