『ノーサイド・ゲーム』池井戸潤氏インタビュー「劣勢にあるときこそ、真の力が試される」

本音で、初心者にもわかるように書く

 確かに完成した『ノーサイド・ゲーム』には、過去の作品のいずれとも異なる“熱”がこもっている。それはやはり、怒りの熱だ。作品の中でシーンや主体を変えながら何度も発せられる、日本ラグビーの現状への叱咤。君嶋はラグビーでは素人だが、素人だからこそ見える真実もまた、あるのだ。

 「ついつい作者の人間性が出てしまった(笑)。でもやっぱり、書かざるを得なかった」と池井戸氏。しかし、もちろん『ノーサイド・ゲーム』は、ラグビー界を糾弾するために書かれた物語ではない。大企業、そしてチームスポーツという組織の中で働く人の葛藤や苦悩が、ヒューマニズムたっぷりに描かれるエンタテインメントである。アストロズを経営的に益なしと決めつけ、君嶋と対立する上司たちとのスリリングなやり取り、そして終盤の白熱の試合シーンに差し掛かれば、ページを繰る指が止まらなくなるはずだ。

 「悪い上司たちの言い分がいちいちもっともだったりするのが、なかなか難しいところでしたね(笑)。この作品で大事にしたのは、まず『ラグビー初心者でもスラスラ読める』こと。たとえば、フィールドの中の選手たちのドラマをもっと書き込んでコアなラグビーファンに向けて訴える書き方もあったと思いますが、多くの人が読むことを前提にしたエンタテインメントでは、書き込みすぎるとついてこられなくなる。そのため、15人の選手の中から主要な人物を絞り込んで描写しました。あと、当初は工場の場面、本社の場面、ラグビー場の場面が時系列で入れ子状になっていたんですが、場面がコロコロ変わるのが気になったので、それを整理して、『ファースト・ハーフ』『ハーフタイム』『セカンド・ハーフ』という名の3章にそれぞれの場面を集約させました。実はこれ、呼び名も含めてラグビーの試合と同じ構成になっているんですが、ずいぶん読みやすくなったと思います」

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ラグビーもビジネスも、自力で正面突破が基本

 それにしても、主人公の君嶋はなんとタフな男だろう。左遷され、畑違いの役職を押し付けられたうえに、そこで頑張れば頑張るほどさらに叩かれる。しかし彼はくじけることなく、逆に自らの強みである経営的センスをラグビーチームの運営に活かそうと奮闘する。その姿勢からは、正面突破こそがいちばんの近道であるという、作者からのシンプルで力強いメッセージが滲む。

 「君嶋はやっぱり、頭にきていたんだと思いますね。このラグビー界の体たらくに。GMではなく一会社員の立場だったら、彼だってケチョンケチョンに言いたいところだと思います。でも、いったん引き受けてしまったからには最善を尽くす。会社員としての彼のストレートさは、たとえば半沢直樹なんかとはちょっと違う感じです。まあ、大企業に勤める人間は『これをやれ』と言われたら、なんだかんだいっても頑張ってしまう人が多いんでしょうね。あまり出世はできそうにない気はしますが(笑)」

 《劣勢にあるときこそ、真の力が試される》という作中のフレーズ。ここにグッと心を掴まれないビジネスパーソンはいないだろう。しかし池井戸氏は、ビジネスシーンにおける逆境での戦い方については「アドバイスとして言えること? ないですね」と突き放す。

 「まあ、唯一言えるとしたら『自分で考えてください』ということです。インタビューでもよく『仕事で壁にぶつかったときのアドバイスを』という質問を受けますが、安易に他人に答えを求めちゃいけないと思う。だいたい、そんな個別の課題をすぐに解決できる回答なんか出せないでしょう。僕だってけっこう苦労して書いたんですよ、この小説(笑)。それぞれ、何かを学んできたわけですよね?その成果をこういうときのために使うんです。どうすればいいのか、自分で考えられなくてどうするんですか。この先、何十年も生きていかなくちゃいけないのに」

 いみじくも、作中、ある人物にアストロズの存在価値について問われた君嶋は、こう答えている。「それはあなたがアストロズにどんな意味を求めるかによります」と。まるで人生における真理問答のように胸に残る。