世界の先進企業が取得する「Bコープ」認証に、日本総研はなぜ挑むのか

事業を通じてより良い社会を作ろうとするムーブメントとして、今、世界で注目を集めているのが「B Corp(Bコープ)」。米国の非営利団体B Labが、環境や社会に配慮した公益性の高い企業に対して、Bコープという認証を付与する。有名企業では食品のダノンやアウトドア用品のパタゴニア、マスメディアのガーディアン・メディア・グループなどがある。企業数では「社会的営利企業」を志向するスタートアップが多い。認証には英語による厳格な審査をパスしなければならず、日本の認証企業は36社と少ない中、シンクタンク大手の日本総合研究所が認証取得に挑んでいる。その意図や取り組みなどを、社長の谷崎勝教氏に聞いた。(聞き手・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪亮、撮影/鈴木愛子)

環境や社会に配慮した

公益性の高い企業

――貴社は昨年(2023年)6月、「B Corp(Bコープ)」認証の取得にチャレンジすると表明されました。世界では取得企業が急増していますが、日本ではあまり認知されていません。最初に、Bコープとは何かについて教えてください。

「ソーシャル・グッド・カンパニー」(編集部注:環境や地域コミュニティなどに対して良い影響を与える企業)として、社会に認知してもらう仕組みだと私は思っています。

 米国の非営利団体B Labが、環境や社会に配慮した公益性の高い企業に対して、Bコープという認証を付与します。2006年に発足し、07年から認証活動を開始し、現時点(2024年1月8日)で認証付与企業は世界95カ国で8048社です。ここ2年間は急増していて、世界的ムーブメントになっています。

 有名企業では食品のダノンやアウトドア用品のパタゴニアなどが認証されていますが、数の上では「社会的営利企業」としての志を持ったスタートアップが多く取得しています。

――日本では36社と少なく、上場企業ではコンサルティング・事業投資会社のシグマクシス・ホールディングスと、食品ロス削減を目指すeコマース企業のクラダシの2社だけです。認証取得のハードルは高いと聞きます。

 認証取得には、まず「Bインパクトアセスメント」(B I A)という評価で、200点満点中80点以上であることが必要です。ガバナンス、従業員、コミュニティ、環境、顧客の5分野で、企業理念や財務、労働環境、自社の温室効果ガス排出量、顧客満足度などが問われます。

 自己採点で80点をクリア後、B Labに申請すると、彼らの面談などの厳しい審査があり、それらをパスできれば、認証されます。

 B I Aの評価事項は、B Labのウェブサイトに公開されていますので、誰でも閲覧でき、自己診断は可能です。ただしこのサイトの表記は英語ですし、申請や面談などの審査も英語でのやり取りになります。

 また、対象企業の年間売上高の大きさに応じた費用がかかります。認証の有効期限は3年間で、認証を維持するには最新のB I Aに基づいて、原則、初回の認証スコアよりも高い得点を獲得する必要があります。

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あるべき企業モデルの

Bコープ

――シンクタンクの貴社が、なぜBコープ認証を目指すのですか。

 当社の研究員は長年、時代の変化や世界の動きを調査・研究してきています。彼らから私は、Bコープが近年の大きな、力強いトレンドであると教えられ、話し合い、この考え方を日本でもっと普及した方がいいと判断しました。良い考え方として普及活動をするからには、実際に自社も取得すべきです。スピーディにパスするために、挑んでいることを発表したほうがいいと考えました。

当社は、設立当初からシンクタンク(Think Tank)&ドゥタンク(Do Tank)と自称しています。調査・研究して「世の中はこうあるべきだ」と提言をするだけでなく、その具現化活動も同時に行ってきています。事業部によってはマーケットや産業を作り出したり、コンサルティングを担っている研究員は顧客企業に行って、一緒になって事業をサポートしたりしています。

 今回も同じように、「Bコープの考え方が世界の流れにあります」と提言するだけでなく、自社でも認証を取得し、この考え方を実践してみようということです。超えられない壁があって、たとえ仮に認証を取得できなかったとしても、Bコープの基準に準じて会社を改善していくことは意義があることだと考えています。

――谷崎さんは昨年4月に、三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)執行役専務・グループCDIO、三井住友銀行専務執行役員を退任し、日本総研の社長に専任となられたわけですが、Bコープ取得への挑戦はどういう意思決定過程だったのでしょうか。

 昨年4月から当社は新しい中期経営計画(2023〜25年)をスタートさせました。概要は次の通りです。まず、10年後の目指す姿を「社会的価値共創のリーディングカンパニーとして、事業の質を伴った量的拡大と新たな事業領域へ挑戦」と設定し、この3年間では「次世代起点で知見・技術を追求し、顧客・社会と新たな価値を共創」を目標に掲げています。具体的な重点戦略は四つで、「社会的価値の創出」「技術力・内製力の追求」「次世代成長戦略」「経営基盤の更なる強化」です。

 つまり、中核にある考えは、社会的価値共創です。従来型の株主資本主義の世界での価値創造ではなく、さまざまなステークホルダーが自律的に思考・活動しつつ、協力もして、経済も社会も成長していくことを目指す、というものです。この新しい中計で会社全体で動き始めたところに、当社の一部門の創発戦略センターからBコープの提案がありました。

 具体的には、この分野を以前からリサーチしていた2人の研究員が昨年5月に、オランダ・アムステルダムで開催されたBコープ関係者が一堂に集まるグローバルカンファレンスに参加し、その内容をまとめた社内リポートから一気に動き出しました。世界からおよそ3000人の参加者がいましたが、日本人は当社研究員の2 人のようでした。世界の潮流を感じさせる彼女たちのレポートに動かされたと言うところです。

 新しい中計にある10年先を見据えたビジョン、社会的価値共創の具体的施策に、Bコープの考え方はマッチしています。タイミングが良かったというか、2人の研究員にとっては想定通りということかわかりませんが、1カ月後の6月に認証取得に向けて動き出したのです。

――貴社は SMFGの100%子会社です。経済利益が優先されるグループの一員だと思いますが、あつれきや抵抗感はありませんか。

 SMFGにおいても、昨年4月から新しい中計が始まりました。実は、その基本方針は、「社会的価値の創造」「経済的価値の追求」「経営基盤の格段の強化」の3つの柱で構成されています。前述した通り、日本総研が10年後の目指す姿としての「社会的価値共創のリーディングカンパニー」と合致しているのです。

 これまで経済的価値追求が企業行動の中心にあったSMFGが、社会的価値にも目を向き始めたというのは大きな転換だと私は思います。日本総研としては、昔から志向していた方向ですが、親会社が基本方針に掲げることになったわけですから、当社は先駆けとしてグループを牽引していこうという気構えです。

 今はいろいろな意味で時代の節目にあります。株主資本主義からステークホルダー資本主義へと変わっていく。サステナブルエコノミーとかサーキュラーエコノミーと言われるように環境保全の経済活動が前提になっていく。価値創造の源泉が有形資産から無形資産へ、希少資本が金融資本から人的資本へ、と比重が移っていく。

 そうした時代変化の中で、あるべき企業モデルとしてBコープの考え方は今後、世の主流になっていきます。認証基準になっている5項目の具体的要件は、あらゆる企業にとって検討すべき指針になりうると私は思っています。

 時間軸の悲劇と言われるように、いつかそうなるのだからあえて何かしなくてもいいなどと高をくくっていると、世界の流れから後れを取ってしまう。日本総研として積極的にソーシャル・グッド・カンパニーになりたいという意思を示すことで、組織変革を推進していこうということです。

――2019年に米国のビジネスラウンドテーブルで、ステークホルダー資本主義宣言がなされて、米国の大企業は変わってきましたが、最近になって揺り戻しもあります。ESG投資という言葉を使わないという投資家も出てきています。また、日本企業はそもそも株主価値創造が不十分で、東京証券取引所もPBR1倍割れの上場企業に対して経営改善を要請しています。こうした動きについては、どのようにお考えですか。

 社会の変化は、一直線には進みません。また、すべての企業が同じ方向に向かっていく、ということもありえません。米国の反ESGの動きは政治的な側面がありますが、グローバルに見れば企業活動において経済的価値と社会的価値を両立させるための動きが変わることはないと考えています。

 上場企業は、投資家に対する責任としてPBRを1倍以上にするのは最低線だと思います。ただし、そこからどの水準まで到達させるべきかについては、社会的価値とのバランスを考えつつ、投資家以外のステークホルダーにも配慮すべきでしょう。資産価値に見合った企業価値に高めていく必要はあります。経済的価値の創出が不足していると株式市場から判断され、企業価値が十分に上がっていないのであれば、経営を改善していくべきでしょう。とはいえ、この問題の解決に専念して、社会的価値の創出を考えなくてもよいということにはならないと思います。

 経済的価値と社会的価値を追求する企業が増えていけば、時価総額を構成する要素も変化する。そうなれば、企業価値を評価するロジックも変化していくと思うのです。この観点から、Bコープ認証によって時価総額が高く評価されることがあっても、認証によって低く評価されることはないと考えます。