息子に“自分と同じ思い”をさせないために…夫の裏切りに耐える女性の「決して揺るがない目的」

<前編のあらすじ>

病院の整形外科で看護師をしていた茉奈は、当時事務長だった元夫と恋愛結婚をして一人息子の隼人を授かった。

しかし元夫は財産目当てに近づいてくる人間とともに事業の立ち上げと清算を繰り返すようになり、次第にアルコールに依存した。2人は当時既に小学生となっていた息子への影響も考えて離婚を決めた。

その後、茉奈はイタリアンバルを経営する現在の夫と再婚した。マンションの自治体が開催する桜まつりに5年連続で出店している屋台は、今年も客が途絶えず大盛況だ。茉奈がつかの間の休憩をとって屋台へ戻ると、夫の元へある人物が訪ねてきていた。

夫に頼らざるを得ない一人息子の学費

桜まつり翌日の月曜日は、あいにくの悪天となった。どんより曇った空からは大粒の雨が降り注ぎ、花冷えの中で満開の桜も心なしか色褪せて見える。

こういう日は店を開けても客足が鈍い。19時を過ぎても空席が目立ち、20時には夫に後を任せて隼人の夕食を手に早めに店を出た。

模擬試験が近い隼人は自室でタブレットを手に物理の学習アプリを見ていた。動画やアプリなどIT技術を駆使した今の受験勉強は、30年前の私の時代とは全然勝手が違う。

今日の夕食のメインは、隼人の好物のハンバーグだ。トマトベースのソースにチーズがたっぷりかかったハンバーグを頬張りながら、隼人は「お母さん、疲れてるんじゃない?」と私の顔を覗き込んできた。

この子は幼い頃から人の気持ちに敏感だ。「桜まつりでちょっと頑張り過ぎちゃったかも。でも、大丈夫よ」。ソムリエールの顔を強引に打ち消し、心配そうな息子に笑顔を向けた。

隼人は国立大学の医学部を目指している。資料を取り寄せたところ、4年間にかかる学費は350万~400万円に上る。自宅から通うのが難しければ、下宿代も考慮しなければならない。6年分だと学費と合わせて1000万円近い。私一人でそれだけの金額を用意するのはどう考えても無理がある。ソムリエールとのことは腹立たしいが、隼人のためには夫に頼るしかない。

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生まれつき裕福で幸運な夫

ヨーロッパでは生まれつき裕福で幸運な人を指して「銀のスプーンをくわえて生まれてきた」というらしい。夫はまさにそれだと思う。父親は国家公務員の上級職で、母親は銀行員。幼い頃からサッカーに親しみ、Jリーグのユースで活躍したがトップチームへの昇格にはあと一歩及ばず、イタリアにサッカー留学した。そこで「サッカーよりずっと面白い」料理と運命的な出合いを果たし、食の世界に飛び込んだのだという。

 

トスカーナのレストランで修業をした後、帰国して20代でイタリアンレストランを開業。グルメ雑誌などにもしばしば取り上げられ経営は順調だったが、一人息子だったこともあり、両親の近くの方が安心と5年前に店じまいしてマンションの近くにイタリアンバルをオープンした。離婚した私がハローワークで求人の相談に来た夫と再会したのはちょうどその頃だ。夫は私が看護師時代、勤務先の病院にけがで入院していたことがあった。

夫の両親は息子に面倒を見てもらう気などさらさらなかったらしく、私たちの結婚を機にこのタワーマンションの一室を夫に譲り渡し、熱海の高級老人ホームに引っ越した。今は、気候のいい温泉地でのリタイアライフを満喫しているように見える。コロナ禍の3年間こそおとなしくしていたが、昨年から今年にかけては3回も海外旅行に出かけている。