(c) 朝日広告賞1994年度入賞作品集

 今回は、朝日新聞に掲載された正月広告をご紹介します(画像参照)。コピーライターは土屋耕一さん、アートディレクターは中島祥文さん、クライアントは伊勢丹さんです。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (73)

 まずは、フルコピーをご一読いただきたい。

春は、やってくるのではなく、一人一人が春になっていくのです。

ある朝、一人が春になると、次の日、まわりの十人が春になる。
こうして、波紋がひろがるように、あたらしい季節が始まるのですね。

じっと待っていたって春はなかなかやってきません。
まだ厚いコートが手放せないでいる街の中へ、
春めいた服でとび出していく女性たちの、勇気というのか、
いさぎよさというのか、その心意気に寒さの方が負けてしまう。

世の中の空気もこれと同じ方式であたたかくなってくれるといいなあ、
と思うのですが。

春を呼ぶ声をみんなで出してみましょう、とイセタンは考えました。
明かい黄色を選んでこの色をからだのどこかに、ちょっとつけてみます。
一人一人の黄色が集まって、やがてそれは大きな大きな声に育っていく
でしょう。

黄色は、菜の花のいろ。山吹のいろ。黄水仙のいろ。ミモザだってある。
スミレもある。たんぽぽもある。この色を、ことしの希望の色にしましょう。
それは、大きな声で明るさを呼んでいる色かもしれませんね。
この黄色をフロア中にいっぱいにして、イセタンの新春が始まります。
お客様ももし興味がおありでしたら黄色をどこかに使ってみるのはいかがですか。
その黄色は、きっと、私たちの黄色と対話をすると思います。
「もう、春ね」「はい、春です」

イセタンの四角いコンクリートのビルが春を表現するのではなく、
そこで働く一人一人が春になることで、イセタンの春は始まります。

一人一人のあたたかさがイセタンの体温です。
一人一人の息づかいが、イセタンの鼓動です。
私たちは________ 人のイセタンです____
イセタンは春風とともに、とびらを開きます。

ISETAN

■(74)内省させて、自己理解を促す、カウンセリング・コピー

 ボディコピーの筆致から、女性客に向けたコピーであることが解ります。しかし、このコピーの凄さは、コミュニケーション・ターゲットを女性客だけに止めず、伊勢丹の販売員とも「対話」をしている点です。

 キャッチコピーは、女性客が自身の生き方を「内省」したくなるようなメタファーで作られています。しかし、ボディコピーをよく読むと、客よりも一足先に「春」になっているのは「販売員」です。マネキンの彼女らが先に「春」になって、待ち受けているのですね。

 キャッチもボディも「衣替え訴求」をしつつ、「初春の覚悟」を説いています。春は待つものじゃない。まだ寒いけど春服に着替え、自身を「春」にしてしまおう。その勇気に、寒さの方が負けてしまうのだ、と。世の中に春を呼び込むのは、カレンダーでも、お天気番組でもなく、あなた自身であるべきだ、と。

 この広告は、読み手一人一人が、それぞれに「春」の到来・その関わり方を考える構成になっています。春とは、ゴールとスタート。それまでの自分自身のあるがまま(資質)を知る「自己理解」の季節です。自分がどのような人間か分析し、一面的でない自分に気づく。これからどのようになっていきたいのか、現在と未来の自分の姿を整理する季節なのです。

 こうして、このコピーは読み手に、「社会の中での自分の現在地」を見つめ直させる「カウンセリング」を施しています。女性の自己成長力を信じ、それを発揮してもらうための援助的なカウンセリング・コピーとなっており、「カウンセリングの3つの基本的態度」で構築されています。

(1)まず、無条件の肯定的関心(受容的態度)を読者に示しています。一方的な決めつけをすることなく、女性ターゲットの「ありのままを受容すること」を想定した語り口で、寒中、春服でとび出して行く彼女たちの勇気ある行動を賞賛しています。

(2)共感的理解(共感)も示しています。読者と「対話」しようと寄り添い、彼女たちの内的世界に共感し、相手に伝え返すように語りかけています。1対1のライブのように話しかけています。

(3)また、全体を通して控えめなトーンで、「自己一致」した主張を展開しています。伊勢丹側の言い分は「純粋性と誠実さ」があり、理想と現実に大きな差異がなく、心理的に安定した文調で書かれています。「そこで働く一人一人が春になることで、イセタンの春は始まります。」という一文が販売員をさりげなく律していますよね。ゆえに、読者は信用・安心して受容できるのです。

 企業広告の中には、都合のいい論理で固めた一方的なステートメントコピーや価値規定ワードで読み手をコントロールしようとする原稿があります。つまり、対話をしない、言いっぱなしのコピーです。

 しかし、土屋さんのコピーは、その類とは違います。「伊勢丹と生活者との関わり方」を静かに、控えめに、呈示しているのです。

 伊勢丹は、「ちょっと先に春になろう」といった、ターゲット(顧客と販売員)の内に潜む前向きな気持ちやチカラを引き出す「カウンセラー的存在」でいたいのではないか。このコピーからは、そんな印象を受けました。

 最後に。実を言うと、この原稿は今年の正月広告ではありません。1994年1月3日掲載の新聞広告です。なんと29年モノ。

 前時代的な感じが全くしない土屋さんの素晴らしいコピーワーク。あらためて、リスペクトです。

※参考文献:「朝日広告賞1994年度入賞作品集」