鉄より重い元素の起源についての詳細は、多くの謎に包まれています。重元素は産業に欠かせないだけでなく、生命が必須とするものも含まれているため、疑問の解明は重要です。謎の解決を阻んでいるのは、重元素を生み出すと考えられる天文現象「キロノバ(キロノヴァ / Kilonova)」の詳細な観測が困難なことが理由の1つとして挙げられます。

ラドバウド大学のAndrew Levan氏を筆頭著者とする国際研究チームは、観測史上2番目に明るいガンマ線バースト「GRB 230307A」の残光を「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」で観測した結果、重元素の1つである「テルル」を発見しました。ウェッブ宇宙望遠鏡によってキロノバから個々の重元素を観測したのは今回が初めてです。

【▲図1: 左上の赤い点がGRB 230307A。右下の渦巻銀河は、GRB 230307Aの元となった中性子星の連星が元々属していた銀河。お互いの距離は約12万光年離れている(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI & Andrew Levan (IMAPP, Warw))】

■重元素の生成現場の観測は困難

宇宙には様々な元素が存在し、より重い元素ほど激しい天文現象で生成されることが知られています。そして激しい天文現象であるほど、科学的な理解が追い付いていないという現状があります。

激しい天文現象は実験室やシミュレーションで詳細を再現することが難しいため、詳細な天文観測が必須となります。しかし発生頻度が稀な上、現象の進行スピードが数秒から数分以内と極めて速いため、観測体制を整える前に消えてしまうことも珍しくありません。このため宇宙における重元素の生成プロセスは、長年表面的な理解に留まっていました。

重元素を大量に生成する方法として長年注目されている現象の1つが「キロノバ」です。通常の(II型)超新星爆発より少しだけエネルギーが小さいことからこの名がつけられていますが、発生メカニズムも異なると考えられます。通常の超新星爆発は太陽よりずっと重い恒星の中心核で発生する現象に由来しますが、キロノバは中性子星同士の衝突・合体によって発生すると考えられています。

中性子星は直径がキロメートル単位の “原子核” と例えられますが、その中性子星同士の合体は、他のどの天文現象よりも激しい核反応を起こす源となります。衝突現場の温度は1兆℃に達し、「r過程(r-process)」 (※1) と呼ばれる核反応プロセスから、金やウランのような重元素を豊富に生み出すと考えられています。

※1…中性子星は名前の通り中性子を豊富に含んでいます。中性子星同士の衝突現場では、原子核に大量の中性子が供給され、核融合します。このような原子核は不安定なため、中性子が陽子に代わる崩壊が発生し、原子番号の大きな重元素が発生します。この核反応は数秒以内という高速で進行するため、 “rapid” の頭文字から「r過程」と呼ばれます。

長年の研究から、宇宙に存在する重元素の生成量や比率を最もよく説明するのはキロノバであると考えられています。しかし、キロノバの発生頻度は通常の超新星爆発と比べても低い上に、すぐに消えてしまうため、これまで詳細な観測が行われたことはほとんどありませんでした。

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■異質な性質が多くあるガンマ線バースト「GRB 230307A」

Levan氏を筆頭著者とする国際研究チームは、ガンマ線バースト「GRB 230307A」をウェッブ宇宙望遠鏡で観測しました。地球から見て「テーブルさん座」の方向に830万光年離れた位置に発生したGRB 230307Aは、ガンマ線バーストとしては距離がかなり近いことに加え、観測史上2番目に明るく、明るく輝いた時間が約200秒と極めて長いなど、多くの異質な性質を持っています。このことから、GRB 230307Aは通常のガンマ線バーストの1000倍のエネルギーを持つと推定されています。

驚くべきことに、初期の観測結果は、GRB 230307Aが中性子星同士の合体によって発生したキロノバのデータとよく一致していました。ガンマ線バーストは発光時間が2秒であるのを境に、それより短いものを「ショートガンマ線バースト」、長いものを「ロングガンマ線バースト」と呼びますが、キロノバは通常ショートガンマ線バーストとして観測されるため、ロングガンマ線バーストとしてもかなり長い200秒の発光時間を持つGRB 230307Aがキロノバである可能性があることはかなり意外です。