知らない男たちが突然家に入り、ひきこもり女性を拉致。民間の自立支援センターによる「暴力的支援」の恐怖。「引き出し屋」と呼ばれるその実態とは

高齢の親が、独身や無職の中高年の子の生活を支える「8050問題」が広がっており、現状有効な支援策がないままになっている。そうした中で「引き出し屋」と呼ばれる民間の支援業者をめぐる問題が深刻化しているという。その実態例を紹介しよう。『ブラック支援 狙われるひきこもり』 (角川新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

あけぼのばし破産


「あけぼのばし(あけぼのばし自立支援センター)が、研修生を次々に自宅に帰しているらしい」

2019年の年末にそんな情報をキャッチしたのが、ジャーナリストの加藤順子さんだった。この時点までに少なくとも3人の元利用者らが、「暴力的に連れ出された」などとして、あけぼのばしを相手に民事裁判を起こしていて、裁判の記事がネットニュースなどでも報じられていた。

加藤さんはじめ、藤田和恵さん、そしてひきこもりの問題を20年以上取材するジャーナリストの池上正樹さんも「金額に見合った支援がない」「自宅から暴力的に連れ出し、逃げても連れ戻される」などとあけぼのばしを始めとするいわゆる「引き出し業者」の問題をすでに記事にしていた。

「たくさん利益も上がったところで、計画倒産でもするつもりだろうか」

そんな考えが頭をよぎった。
この日は12月20日金曜日。ちょうど、藤田さん、池上さんも、こうした裁判の一つを傍聴するため、東京地裁に集まっていた。加藤さんの言葉に反応し、そこにいた全員で急いで地下鉄に乗り、新宿にあるセンターに向かった。

エレベーターでビルの5階にあがると、職員らの姿があり、特に慌てた様子はなさそうだった。

もっとも私にとっては施設内に入るのはこれが初めてだ。応対に出た男性職員に取材したい旨を伝えたが、「答える立場にない」と応じてくれなかった。全員で名刺を渡し、その場を後にした。





そして週が明けた12月23日の月曜日、あけぼのばしを運営する株式会社クリアアンサーが、破産したとの知らせが林治弁護士からあった。

そもそも破産とは、会社などが裁判所に破産の申し立てを行い、それが認められることで初めて成立する。裁判の当事者として知らせを受けた林弁護士は後日、破産の申し立て書類を見ながらこう話した。

「これだけの書類を準備するのには半年はかかる。かなり前から周到に準備したのではないか」

会社の登記書類を見ると、クリアアンサーの設立は2009年。もともとの商号は「株式会社SP」で、14年に現在の名前に変更されている。このSPという名前について、林弁護士は、「もともと警備関係の仕事とつながりがあった可能性を連想させる」と話した。

確かに、連れだしの際にあけぼのばし側から、「警備員を同行します」と言われたことを証言する家族が多い。

「暴れる人を制圧し、車に連れ込む技術は、それなりに訓練された人でないと難しい」(林弁護士)

事業目的をみると、「不就労者や不登校児等の自立支援業務」のほかに、「自動車用品及び部品の輸出入・販売」「清掃サービス業」「各種フランチャイズチェーンの運営」などもある。熊本にある研修施設は、18年に支店として登記されていた。

損益計算書を見ると、「自立支援」の売上高は18年度の1年間で、5億5000万円にも上っている。そして、代表取締役の役員報酬は年間3400万円。17年度は2400万円で、1年間で1000万円も増額されている。

林弁護士は「こんなに役員給与を出していながら破産するのはなぜか。何に使っていたのか」といぶかしんだ。


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暴力的支援


「暴力的支援」――この耳慣れない言葉を私が知ったのは、ひきこもりについての取材を始めて1カ月ほど経った19年の5月のことだ。

ひきこもりの当事者や、ひきこもりの人の支援に関心のある人たちが都内の公民館などに集まり、交流する「ひきこもりフューチャーセッション 庵(IORI)」に初めて参加させてもらった。

ひきこもりと聞くと、部屋からほとんど外に出ない状態を想像する人も多いだろう。だが、実際にはそうとは限らない。

私が取材しているひきこもりの人たちも、コンビニやスーパーで買い物をしたり、図書館で勉強したりと、日ごろは街にも出かけている。





ただ、人と接することに著しく緊張したり、恐怖を感じたりしてしまうので、家族や他人と「社会的な距離(ソーシャル・ディスタンス)を保たねばならない」という。そうして周囲にバリアを張り、過度なストレスから身を守るのがひきこもりという状態であり、部屋にこもるのはそのための手段のひとつなのだと教えられた。

確かに、外見上は皆「普通」にみえる。この「普通に見える」「問題を抱えているようには見えない」ことこそ、ひきこもりを語る上での最大のポイントといってもいいかもしれない。

それゆえに周囲からは「甘えている」「根性が足りない」と思われ、理解されない。悩みを抱える仲間同士、一緒に語り合いたいと望む人も多い。

そうした中、ひきこもりの家族でつくる団体「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」(東京都豊島区)の副理事長で、ジャーナリストの池上正樹さんらが2012年から続けてきたのが「庵」だ。

「相手の話を否定しない」「話を聞くときは、うなずき多めで」などいくつかの対話ルールがあるが、あとはひきこもり生活での不安や家族との関係などさまざまなテーマで自由に語り合う。

「この日のために体調を整え、頑張って出かけてきた」と話してくれた男性もいた。そこで出て来たのが「暴力的支援」についての話題で、ひきこもりの本人を部屋から強引に連れ出し施設に入れるという、にわかには信じがたいビジネスがあるという。その存在を私はこのとき初めて知った。





引き出し屋に「拉致された」などとして被害を訴える人たちを支援する小さな集まりが都内のあるバーで開かれるとも聞き、数日後に訪ねてみることにした。

この集まりを呼び掛けたのが、当事者メディアの先駆けでもある「ひきこもり新聞」を発行している木村ナオヒロさんとその仲間たちだ。いずれもひきこもりの経験者で、引き出し屋の施設から脱走したり、暴力を受けたりしたとして、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩む人の相談にも乗っていた。

この日は埼玉にある自立支援業者の元従業員という男性も参加していて、「私がいた施設では連れ出しのことを『実行』と呼び、元警察官の代表者から事前に相手を羽交い締めする方法を習った」などと自身の体験を赤裸々に語っていた。

そのバーで、声をかけてくれたのがジャーナリストの加藤順子さんだった。加藤さんはそれまでも引き出し屋問題に警鐘を鳴らす記事をいくつも書いていたが、マスメディアの記者にもこの問題にもっと関心を持ってほしい、と考えているようだった。

そして後日、加藤さんを通して会わせていただいたのが千葉県に住む30歳代の奈美(仮名)さんだった。