<前編のあらすじ>
高橋秀一(42歳)は親友の山内の頼みを聞いて300万円の借金の連帯保証人になってしまった。山内の「すぐに返せる」という言葉を信じていたが、山内の会社は倒産し、音信普通になってしまっていた……。
300万のはずが600万に
「何考えてんのよ……」
娘たちが寝静まった深夜、妻の睦実はリビングで頭を抱えていた。向かいに座る高橋とのあいだには督促状が広げておいてある。
300万だったはずの借金は1年で600万にまで膨れ上がっていた。
山内とは連絡がつかない。自宅にまで行ってみたものの、すでに山内は引っ越していて行き先も分からなかった。
「ごめん……」
安易だった。どこから借りた金なのか、金利がいくらなのか。そういうことを一切確認しないままサインをしてしまっていた。すぐに返せる金なんだという山内の言葉を信頼しきり、サインしたことすらろくに覚えていなかった。安易で愚かだった。
だが後悔しても遅い。貯金がないわけではないが、借金全てをまかなえるほどではない。少年野球を始めた息子の大会や練習での送迎のためもあり、車を買い替えたばかりだった。家のローンも残っている。私立の中学に通う娘の学費だって安くはない。
「ごめん」高橋には謝ることしかできない。「返し終わるまで俺の小遣いはいらないから」
「当たり前でしょ!」
「……大きな声出すなよ」
「なんであなたはそんなにぼやっとしてられるのよ!」
「ごめん」
それ以上何も言えずに黙り込む。睦実の重く濁ったため息がリビングに落ちた。
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安易な判断ですべてを失った
高橋は深夜の交通整理のアルバイトを始めた。
40歳を過ぎた体に深夜の労働は堪えるものがあったが仕方がなかった。けれども冬の寒空の下、運転席から若い男に文句を浴びせられたりすれば、心はすさみ、涙が出た。
削られた睡眠時間は昼間の集中力を奪っていった。頭はいつもぼんやりし、食事が喉を通らなくなった。
山内にかぶせられた借金は貯金を使い、半分程度返し終えている。しかし月3万円の自分の小遣いを切り詰めたところで金額はたかが知れており、もちろん子供の養育費や進学費用に手を付けるわけにもいかず、その後の返済は難航していた。
専業主婦だった睦実も、隣の駅前のコンビニでパートを始めた。家には毎週のように取り立ての男が2人組でやってきた。男たちが提示する借金の金額は減らないどころか、少しずつ増えていった。子供たちは怯えていた。
いつ切れてしまうかも分からないロープの上を、歩き続けているようだった。いつまで歩いても、向こう岸は見えなかった。
「ごめんなさい」
睦実はうつむいて、高橋に書面を差し出した。
「このままじゃ子供たちがかわいそう」
それ――離婚届は借金の督促状よりも鋭く痛烈に、高橋の心に突き刺さった。
「もう限界よ」
「ごめん」
高橋は最後までそれしか言うことができなかった。離婚届にサインした翌日、高橋は荷物をまとめて家を出た。
それから間もなく、高橋は無理な労働がたたって身体を壊した。深夜のアルバイトはもちろん、昼間の本職も続けることが難しくなり、高橋は自己破産を申請する。
――なにもかも、すべてあいつのせいだ。
高橋は隙間風がひどいアパートの一室で、呪詛(じゅそ)のようなうめき声を上げて泣いた。