安定しているものの、スキルアップや給与の面で不満を抱きやすい会社員。しかし「会社員をしながら個人事業主としても活動すれば、個人事業主の不安定さをカバーできて“最強”なのでは……?」と考えたことのある方もいるかもしれません。実際、そのような言説はインターネット上にも多数あります。

筆者は、数年間フリーランスを経験した後に会社員となり、現在は会社員と個人事業主を両立しています。そんな当事者としてハッキリ言ってしまうと、「会社員×個人事業主が最強」というのはウソです。

なぜなら、たしかに会社員と個人事業主を両立して“最強”になれる方もいるかもしれません。しかし、中途半端に両立しようとすれば、両方の悪いとこ取りで“最弱”になってしまう可能性もあるからです。

そこで、今回は会社員として働きつつ、個人事業主としても活動している筆者が「会社員×個人事業主最強説」を検証し、両立のメリットやデメリットを当事者目線で解説します。

会社員は個人事業主になれる

まず、前提として「会社員は個人事業主になれるの?」という疑問を持つ方もいるかもしれません。たしかに、フリーランスと会社員は正反対の表現であり、両立できるものではないというイメージも強いかもしれません。

結論から言えば会社員と個人事業主の両立は可能です。会社員の定義は皆さんもなんとなくわかると思いますが、個人事業主の定義は「個人で事業をやっているかどうか」なので、「個人で事業もやっている会社員」がいても問題ありません。

これは法的にも同様で、会社員が個人事業主の証である「開業届」を提出することもできます。

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「事業」と「趣味」の違いは?

では、次の問題を見ていきましょう。先ほど「事業」というワードが出てきましたが、そもそも「事業」とはなんなのでしょうか?

たまに「1円でもお金を稼いだら事業だよ」なんて言われますが、こういう意味で「事業」という言葉が使われるシーンはまれです。たとえば、フリマアプリで古着を1着だけ売った人に対して「この人は事業をしているな」とは思わないでしょう。

「事業」の定義は、国税庁が示す以下のものが一番参考になると思います。

対価を得て行われる資産の譲渡等を反復、継続、かつ、独立して行うこと

(引用:国税庁

つまり、「報酬などを受け取って、何かしらの資産(プログラム、デザイン、記事なども含む)を誰かに納品する作業」を「何回も、継続して、独立して行うこと」を「事業」というわけです。

この定義に照らせば「フリマアプリで古着を1着だけ売った人」は「何回も、継続していない」という点で事業をしているとはいえません。継続して毎週古着を売っているのであればともかく、一度限りであれば「趣味」の範疇と考えるのが普通でしょう。

そして、「事業」か「趣味」かは節税を考えるうえでも重要です。稼いだお金が「事業」と認められれば、基本的にその収入は「事業所得」という扱いになります。一方、認められない場合は「雑所得」の扱いになり、必要な税金が変わってくるからです。

「副業」と「事業」の違いは?

最後に、副業と事業の違いを見てみます。ただ、結論から言うと「副業は事業の一部」です。

そもそも、副業という言葉に法的な定義はないのですが、一般には「本業の別に行う事業」といえます。つまり、副業もまた「事業」であり、その事業に専念しているかどうかが「本業フリーランス」との線引きになります。

ただし、国税庁の見解では「副業=個人事業」とは認められておらず、「どこまでの副業が個人事業になるのか」という点はあいまいでした。2022年には「副業300万円問題」として大きな騒ぎになったものの、2023年現在は以下の条件を満たしていれば「事業」と認められる(=事業所得になる)と示されています。

  • 帳簿をしっかり付け、保存している
  • 本業収入の10%程度以上を稼いでいる
  • 収益を上げる意欲がある(万年赤字などではない)

少し細かい話になってしまいましたが、悪いことを考えずに副業をして、それなりに稼いでいるぶんには「個人事業」と認められるのでご安心ください。

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会社によっては副業バレに気を付ける必要がある

「副業が事業の一種である」ことはご理解いただけたかと思いますが、これは「副業NG」の会社では、当然ながら「個人事業もNG」であることを意味します。

そもそも「副業禁止は憲法違反では?」という指摘があるのも事実ですが、「副業は禁止だけど個人事業だからOKでしょ?」というようなトンチは通用しないため、副業NGの会社では副業バレに気を付ける必要があります。

副業禁止は憲法違反!? 副業禁止が認められるケースと、副業がバレたときの対処法【弁護士監修】

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「会社員×個人事業主」のメリット

では、なぜ「会社員×個人事業主の最強説」が提唱されるのでしょうか。以下では、具体的に「会社員×個人事業主」のメリットを解説します。

メリット1. 収入アップにつながる

やはり、収入アップに直結するのが最大のメリットでしょう。「会社員×個人事業主」の場合、収入は「会社」と「個人事業」の両方から得られます。

会社からもらえる給料には、以下の特徴があります。

  • 働いた時間に応じて給料がもらえる
  • 毎月一定額を安定してもらえる
  • 一定の幅で昇給していくことが多い
  • 急激に給料が増えることは少ない

一方、個人事業主としてもらえる報酬には、以下の特徴があります。

  • 働いた時間と報酬は必ずしも比例しない
  • こなした案件の質、量で収入は大きく変動する
  • 案件の単価はスキルに応じて変動することが多い
  • 急激に収入が増えることもある

一言でまとめると、給料の魅力は「安定感」で、報酬の魅力は「爆発力」です。会社員と個人事業主を両立すると、固定の給料をもらいながら個人事業の収入を得られるため、ほぼ確実に収入アップできます。

メリット2. 会社員の社会保険/福利厚生を得られる

専業フリーランスを苦しめるのが、「社会保障の不足」です。筆者も4年ほどフリーランスをやっていた際、フリーランスの保障の手薄さは痛いほど実感しました。

しかし、会社員をやりつつ個人事業に挑戦すれば、会社員として社会保険や会社の福利厚生を利用しつつ、個人事業にチャレンジできます。

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メリット3. 本業以外の分野に挑戦できる

会社員のスキルアップは、どうしても所属する部署や分野に左右されがちです。たとえば、人事担当者がプログラミングスキルを活かした仕事をしようと思っても、会社内では実現が難しいかもしれません。

しかし、個人事業に挑戦する場合は、そういった縛りがありません。人事担当者がプログラミングスキルを伸ばしつつ、Web制作で収入を得ることも可能です。このように本業以外の分野に挑戦できるのもメリットでしょう。

メリット4. 独立に向けた準備ができる

将来的に個人事業主1本、つまり専業フリーランスとして活動したいと思った場合、いきなり独立するのはリスクがあるのも事実です。

そこで会社員時代から副業として個人事業にチャレンジし、独立の準備をしておけば、独立後も個人事業の経験やツテを活かしてスムーズに仕事を獲得できる可能性が高まります。

また「フリーランスになりたいけど、いきなり専業になるのは……」と考えている場合、副業として個人事業にチャレンジすればおためしでフリーランスを経験でき、自分が独立に向いているかを判断できるでしょう。

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メリット5. 青色申告特別控除が適用できる

先ほども触れたように、個人事業主の収入は「事業所得」に分類されるため、さまざまな節税対策が行えるようになります。その初級編といえるのが、「控除」の活用です。

たとえば、事業所得を得ている場合、税務署に申請すれば確定申告を「青色申告」という方法で行うことができます。青色申告を行う場合、最大65万円の「青色申告特別控除」を得られます。こうした控除の活用は個人事業主ならではのメリットです。

【経費は雑所得でも計上OK】

他サイトなどを見ると、「個人事業主になれば経費を申告できておトク!」と書かれているケースがあります。しかし、経費の計上自体は個人事業主にならなくても可能です。

そもそも、経費とは「収入を得るために必要な出費」のことで、収入が雑所得になってしまう場合も計上OKです。会社員の場合、給料から差し引かれている「給与所得控除」が“みなし経費”に該当するため、計上できる経費は多くありません。ただし、「通勤費」「転居費」などが多額になった場合、一部を経費にできる「特定支出控除」というシステムもあります。

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メリット6. 損益通算や赤字の繰り越しができる

このメリットは、近年になって注目を集めたメリットといえます。会社員が個人事業主として得た「事業所得」と「給与所得」は、利益と損失を合算できる「損益通算」が可能になります。

この「損益通算」は、普通だと「収入+収入」という扱いになり、収入が増加するため納税額は増えます。しかし、頭のいい人はこう考えました。「個人事業主としてめっちゃ赤字を出せば、給料にかかる税金を節税できるのでは?」と。

ロジックは以下の通りです。

  • ほとんど利益が上がる見込みのない事業を始める

    (例:売上10万円)
  • 自宅の家賃やネット代などを経費として計上する

    (例:経費100万円)
  • 「収入-経費」の合計が赤字になる

    (例:10万円-100万円=▲90万円)
  • 副業の赤字を、本業の給料(給与所得)と通算し、合計所得を減らす

    (例:給与所得350万円-赤字90万円=260万円)
  • 所得が減り、所得に応じて変化する納税額も減る
  • さらに、青色申告をしていると事業で発生した赤字を3年間繰り越せるので、「収入が多くなる年に赤字をぶつけて節税しよう!」なんてことも可能になるワケです。

    ……しかし、「このやり方ってなんかズルくない?」と思われた方もいるでしょう。そのカンは正しいです。上記のようなスキームは「副業節税」と呼ばれますが、その問題点は後ほど詳しく解説します。