法人格否認の法理の判例

法人格否認の法理について解説しましたが、実際に適用された事例を確認しないと、効果についてイメージしづらい方もいるでしょう。

ここからは、法人格が形骸化しているとみなされた場合と、法人格が濫用されているとみなされた場合に分けて、法人格否認の法理が適用された実際の判例を解説します。

 

法人格の形骸化に関する判例

複数の法人を実質的に支配する貸主(代表取締役)が、法人を巧みに利用して貸付をおこない、利息制限法違反の利息を取得していた事例です。

貸主は最終的に、会社に対する過払い金返還請求権を有している個人に対して、当該債務の連帯支払を命じられました。

著名な租税回避地に形式的な本店を置き、僅少といえる資本金で複数の会社を設立しており、関連会社の営業自体が曖昧であったことから、法人格が形骸化しているとみなされています。

参考:判例時報 No.2162(判例時報社)

 

法人格の濫用に関する判例

社会保険労務士が強制執行から逃れるために、社会労務士法人を設立した事例です。

社労士は当初、法人の設立を不要という認識を持っていました。しかし、自身の財産に対して差し押さえの危険が生じると知り、早急に法人を設立します。設立された法人は、社労士の商号と類似しており、連絡先や所在地も同じでした。

形式的には社労士と別個の形態ですが実質的には同一であり、法人格の濫用として法人格否認の法理が適用されました。最終的に法人の責任が認められています。

参考:判例タイムズ1476号 11月号(判例タイムズ社)

 

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M&Aで法人格否認の法理が適用される場面

M&Aを実施するときには新たな法人を立ち上げることがあります。当然、法人を不適切な目的で利用する場合、法人格否認の法理が適用されてしまう恐れがあります。

M&Aの実施にあたってトラブルを回避するためにも、法人格否認の法理が適用される場面を押さえておきましょう。引き続き、M&Aにおいて法人格否認の法理が適用される場面を解説します。

 

事業譲渡による不当解雇

過去に新設の別法人を設立して事業譲渡をするとき、一部の労働者が不当解雇された事例がありました。新関西通信システム事件と呼ばれています。

実態としては、新たな法人の設立は組合嫌悪目的で行われており、労働者の解雇が解雇法理を潜脱するとして、法人格否認の法理が適用されています。

M&Aによって事業を譲渡するとき、会社にとって不都合な従業員を解雇する場合は、法人格否認の法理が適用される恐れがあります。事業譲渡をするときは、トラブルを回避するためにも、不当な理由で従業員を解雇しないことが最重要です。

参考:労働事件における法人格否認の法理 p63(日本大学法学部)

 

債務回避のための会社分割

債務回避のために会社分割が行われるケースがあります。たとえば、会社分割のスキームについて残存債権者と準備を進めていた会社が、突然残存債権者の債権を承継させない形で会社分割を実施した事例がありました。

新設法人の株式譲渡や増資などの一連の手続きについて、債務を免れようという不当な目的があるとして、法人格否認の法理が適用されました。最終的に、新設法人に対する債務履行の請求が認められています。

M&Aでは、債務回避を目的とした会社分割を実施しないように注意してください。

参考:福岡地判平成22年1月14日(中本総合法律事務所)