宇宙の最も基本的な力の1つである「重力相互作用」には「重力子」と呼ばれる素粒子を媒介することで伝わるという説がありますが、今のところ重力子は未発見です。このため、重力子が量子力学の世界でどのような振る舞いをするのかは、理論的にしか分かっていません。

南京大学のJiehui Liang氏などの研究チームは、「分数量子ホール液体」と呼ばれる非常に特殊な状態に置かれた電子の中に、「カイラル重力子モード(CGM; Chiral Graviton Mode)」と呼ばれる振る舞いを示すものがあることを初めて実験的に観察することに成功しました。カイラル重力子モードは重力子そのものとは全くの別物であるものの、一部の性質が共通しているという特徴があります。

カイラル重力子モードは「分数量子ホール液体」に関わる研究で目標とされていた合成物の1つであり、重力子の性質を部分的にでも探ることができる手掛かりとなるかもしれません。


【▲ 図1: カイラル重力子モードとなった電子に光を当て、スピンが2であることを確認している様子のイメージ図。 (Credit: Lingjie Du (Nanjing University) ) 】

■捉えどころのない存在「重力子」

この宇宙を物理学的に記述する上では「相対性理論」と「量子力学」の2本柱が基本理論として使われています。しかし、相対性理論は大きな世界、量子力学は小さな世界を良く表しているものの、それぞれ逆の大きさの世界をうまく表すことができないという問題を抱えています。

特に、統合が難しいのは「重力相互作用」です。重力は宇宙に4つある「基本相互作用」の1つですが、量子力学の世界に組み込むことが唯一できていません。このため、力を伝えるのに必要な媒介粒子(ゲージ粒子)も唯一未発見であり、そもそも重力のゲージ粒子が存在するのかどうかも分かっていません。


【▲図2: スピンと呼ばれる粒子の性質について、重力子は2であると予想されていますが、これは発見されているどの素粒子も持たない性質です。 (Credit: 彩恵りり) 】

仮に重力を伝えるゲージ粒子が存在する場合、それは「重力子」と呼ばれる素粒子だと考えられています。重力子は質量ゼロ、電荷ゼロ、寿命は無限大といったように、その性質は理論的に予言されています。特に重要なのは「スピン」と呼ばれる性質で、重力子のスピンは2であると考えられています。スピンについての詳細は割愛しますが、「人間は “動物” であり、リンゴは “植物” である」と記述するのと同じように、ここでは粒子に固有の “ラベル” であると考えれば問題ありません。

重力子は、仮に存在するとしても、現在の技術で発見することは不可能だと考えられています(※1)。このため、今のところ重力子の性質を直接調べることはできませんが、スピンが2の粒子をその代わりとして使うことができます。部分的ではあるものの、全く同じ性質を示すものを合成して観察することは、例えばブラックホールの研究でも行われています。ただし、スピンが2の粒子を用意するのは困難であり(※2)、これまで捉えどころのないものでした。

※1…仮に、中性子星のような非常に強力な重力場の近くで、木星と同じ重さの、検出率100%の装置を設置したとしても、重力子を捉えた信号が検出されるのは10年に1回程度であると考えられます。言うまでもなく、中性子星の近くに行くことや、木星と同じ重さの装置を作ることは現在では不可能です。また、ノイズ除去のためのシールドなどを加えると、装置そのものがブラックホールに崩壊するほど高密度になってしまうため、そのような巨大建造物を作れるほど高度に進歩した文明でさえ、装置の作成は現実的ではないと考えられます。

※2…現在発見されている素粒子の中には、スピンが2のものは存在しません。一部の原子核ではスピンが2のものも見つかっていますが、非常に短命であり、このような実験をセッティングする前に崩壊してしまうという問題があります。

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■重力子に似ているモノ「カイラル重力子モード」の合成に成功

Liang氏らの研究チームは、「分数量子ホール液体」と呼ばれるものを観察し、重力子に対応するものを探索する実験を行っています。分数量子ホール液体を説明することは困難であり、この記事のレベルを超えてしまいますが、非常に大雑把に説明すると以下のようになります。

身近な物質は原子でできていて、原子核の外側には電子があります。通常、電子は気体のように個々がバラバラに動き回っていますが、電子の動きを2次元の平面に制限した上で、極低温かつ強力な磁場がかかった環境に置くと、まるで液体のように集合・凝集することが観察されています。この状態が分数量子ホール液体であり、電子の凝集物(集合体)は「マグネトロトン(Magnetoroton)」と呼ばれています。

マグネトロトン は、普段の電子とは全く異なる振る舞いを示すと考えられています。多くの振る舞いが予言されていますが、その中の1つがスピンが2の性質を示す振る舞いです。もしもスピンが2のマグネトロトンが合成されれば、それは部分的に重力子と共通の性質を示すことから、これは「カイラル重力子モード」と呼ばれています。しかし、カイラル重力子モードをはじめ予言されている様々な振る舞いを検証する上では、マグネトロトンの合成そのものや、マグネトロトンを壊さずに性質を観察することが困難であるという課題がありました。

Liang氏らは、半導体であるガリウムヒ素の薄片を極低温と強磁場の環境に置き、マグネトロトンが生じる状態を作りました。そして実験・観察の結果、カイラル重力子モードに対応する信号を捉えることに成功しました。これは簡単に言うと、半導体に光を当てた際に、スピンが2の場合に特徴的に現れる応答を検出したことを意味しています。

なお、分数量子ホール液体は1998年にベル研究所からコロンビア大学へと移籍したAron Pinczuk氏が元々主導していた研究ですが、Pinczuk氏は2022年に亡くなっており、同僚が研究を引き継いだ形となっています。このため、今回の論文ではPinczuk氏がラストオーサー (最終著者) に挙げられています。