日本におけるアメカジムーブメントの礎を築き上げたリビングレジェンドたちの貴重な証言を、Ptアルフレッド代表・本江浩二さんのナビゲーションでお届けする新連載もいよいよ第三回目。今回ご登場いただくのは、「クロケット&ジョーンズ」「バーバリアン」「ベオーマ レザー カンパニー」といった各国の名門ブランドの国内総代理店として知られるグリフィンインターナショナル代表・デビッド・モラルさんをご紹介する。

「Pt.アルフレッド」代表・本江さんと「グリフィンインターナショナル」代表・デビッド・モラルさんの出会いとは?


「Pt.Alfred」代表・本江浩二さん

「今から30年以上前、某ホテルでの英国展会場で出会った背の高い英国人。アメリカモノの実用品衣料が一番だと信じてたボクが、色々な商品の歴史を手繰っていくと、ほぼほぼ英国に辿りついてしまうことを教わりました。

ウチの店でも大変お世話になったカナダのダウンジャケットや18枚のチームオーダーとして細かい別注も含めて今も展開してるラグビーシャツ、メッシュベルトでおなじみだった英国の革小物、靴……。今では誰でも知ってる(言い過ぎか?)あのブランドを日本に広めた立役者。

ここ数年は年の半分ぐらいアフリカのケニアに在住して環境問題と向き合いながら、世界を飛び回り続ける、グリフィンインターナショナルの社長デビッド・モラルさんです」

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頼みの綱は、 自身の勘とバイタリティ


デビッド・モラル氏|1963年、ケニア生まれ。幼少期をケニアで過ごし、11歳の頃に家族で英国へ帰国。大学卒業後に日本へと移住し、「WHC」や「クロケットアンドジョーンズ」の国内総代理店「グリフィンインターナショナル」を設立。奥様が日本人のため、日本の永住権も取得している

年の半分ほどを自身のライフワークである生まれ故郷の環境保全や動物保護に費やし、普段はあまりメディアに登場することのないデビッドさん。アフリカはケニアに生を受け11歳の頃に英国へと家族で帰国し、多感な時期はほぼロンドンで過ごしている。大学在学中から卒業後にかけてスーダンをはじめ各国を巡り、26歳にして日本への定住を決めたという。

「大学在学中に空手をはじめ、日本の伝統や文化に興味を持ちましたが、まさか永住することになるとは思ってもいませんでした(笑)。来たばかりの頃はとにかくお金がなくて。確か手元にあったのは10万円くらいだったと覚えています。とはいえ、生活をするためには当然それなりにお金が必要となり、何かしらビジネスをしなければならない。そこで思いついたのが、ファッション関係の英国製品を日本へと輸入する代理店業務だったのです」

来日同年にあたる1989年の春、デビッドさんはスコットランド西岸に広がるヘブリディーズ諸島を訪れ、地域に根付いたハンドニット産業に興味を示すとともに、いくつかのファクトリーからショップカードを託された。

「今はもう消滅してしまいましたが、スカイ島を拠点にしていたニットブランド『スカイベンチャーズ』からショップカードを託され、当初はそれらの商材をメインにビジネスを考えていました。もちろん、人並みにファッションにも興味を持っていましたが、当時は何より仕事としていち早く軌道に乗せる必要がありました。そこで、まとまった資本がなくてもある程度かたちになるビジネスとして、アパレルを選んだワケです」

「背の大きな外国人がいろいろな店に飛び込みで営業にきていると噂になっていた」と本江さんも語るように、当時のデビッドさんは日本の業界では全くのド素人。自身の勘とバイタリティだけを頼りに飛び込み営業を闇雲に続けていたという。

「大都市から地方都市、大きな店から小さなショップまで、何もわからず手当り次第に飛び込んでいましたね。今にして思えば本当にラッキーだったと思いますが、日本はちょうどバブル経済の真っ只中にあって、想像を上回る数のオーダーが取れました。とはいえ、現物が手元にあるワケでもなく、完全に信用だけでオーダーを受けていたのも事実です。今日の常識で考えると信じられないですよ(笑)」



「WHC」や「クロケットアンドジョーンズ」のスワッチや経年サンプルは、定番モデルから極小ロットの別注モデルまで、時代を物語る貴重なアーカイブとして今なお大切に保管されている。「特に『WHC』は90年代ぐらいまではまだファクトリーブランド的なイメージもあり、かなりの少数や無理難題にも対応してくれる数少ない英国ブランドでもあった 」と本江さんは振り返る