WBC決勝で大谷翔平に「ゾーン」が降りてきたことは間違いない…スポーツ心理学が解明する先入観を覆して不可能を可能にする大谷の頭の中

今季は、日本人、およびアジア人初のメジャーリーグ本塁打王に輝いた大谷翔平選手。二刀流など今までの常識を覆してきた彼は、まるで違う惑星から来た宇宙人では?とも称されるが、大谷選手の思考パターンを読み解くことで私たちの人生を成功に導くヒントがいくつかあるようだ。追手門学院大学スポーツ研究センター特別顧問 児玉光雄氏の『「できない」を「できる」に変える 大谷翔平の思考法』(アスコム)より一部抜粋・再構成してお届けする。

イノベーションを「革新性」と「パフォーマンス」の2軸で考えてみる


2023年7月11日、この日シアトルマリナーズの本拠地Tモバイル・パークで開催されたオールスター戦で大谷選手は2番・DH で先発出場。ファン投票でア・リーグ最多の264万票を獲得し、圧倒的に注目を集める中、3年連続の出場を果たしました。

大谷選手がバッターボックスに立つと、なんと「シアトルに来て!」という大合唱が始まったのです。いくらオールスターゲームとはいえ、ホーム以外の選手にこれだけの声援が送られるのは、異例のことです。
オールスター前日の会見で、「大谷選手にとって二刀流の原動力とは?」という質問に対して、彼はこう語っています。

「ゲーム自体が好きですし、打つのも投げるのも好きなので、楽しんでまずはやるのが一番だと思います」(NHKNEWSWEB 2023・07・11付)

二刀流という、野球界にイノベーションをもたらした大谷選手を「革新性」と「パフォーマンス」の2軸で考えてみたのが、図表1です。この図表からイノベーションというのは「バックスクリーン直撃のホームラン」であることがすぐにわかります。

「方法論としての革新性」と「生み出したパフォーマンスの大きさ」のバランスが良くても、そのレベルによって「2べースヒット」や「ヒット」に留まることもあるのです。そして、生み出したパフォーマンスがいくら大きくても、革新性のレベルが低ければ、ファウルになります。同様に、革新性のレベルがいくら高くても、肝心のパフォーマンスが発揮できなければ、やはりファウルになってしまうのです。





二刀流という方法論がどれだけ革新性があっても、大谷選手がパフォーマンスを発揮できなければそれは「ファウル」に終わってしまいます。

一方、いくら打撃や投球のどちらかで凄いパフォーマンスが発揮できても、革新性という尺度で見れば低いため、やはりファウルになるのです。つまり、長いメジャーリーグの歴史の中で、ベーブ・ルース以外誰も達成できなかった偉業、「投手と打者の両面で高レベルのパフォーマンスを発揮している行為」が「バックスクリーン直撃ホームラン」であることは論を俟(ま)たないのです。


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正解を探しながら、その過程で進化をする


未知の問題を解く目的は、正解にたどり着くことだけではありません。仮にたどり着けなかった場合も、その過程こそが人を進化させてくれるのです。このことについて大谷選手はこう語っています。

「正解はないと思うんですけど、人は正解を探しに行くんですよね。正解が欲しいのは、みんなも同じで。『これさえやっておけばいい』というのがあれば楽なんでしょうけど、たぶんそれは『ない』と思うので、正解を探しに行きながら、ピッチングも、バッティングもしていたら楽しいことがいっぱいありますからね」(『道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔』扶桑社)

大谷選手がスイングするバットの軌道の数はほぼ無限です。ボールとバットのコンタクトはとても繊細で、ほんの数ミリ違っただけでホームランになったり、平凡な外野フライになったりします。
同様に、大谷選手の投げるボールの軌道も無限に存在します。軌道がほんの数センチ違うだけで、そのボールは打者のバットの芯を外れてくれるわけです。





バッティングにもピッチングにも、確実な正解は存在しないのです。そうなれば、ボールを投げる作業、あるいはバットを振るプロセスを繰り返し試してみるしかありません。つまり、大谷選手にとって、本番は普段の練習の成果を試す実験場なのです。
20世紀に評価されたのは、既存の知識を駆使して一つしかない解答を出せる人間でした。

一方、21世紀型のニュータイプの人間は、常に自分にとっての理想像を鮮明に脳裏に描きながら、目の前の現実の自分と比較して、そのギャップを埋めるために行動を起こし、そのプロセスで徐々に自分を進化させていく人間と定義できます。

終着点に到達することを最優先するオールドタイプの人間が活躍する時代はすでに終焉を迎えています。これからの時代は、到達がほぼ不可能な理想像を描き、その過程で進化の手掛かりを求め続ける、大谷選手のような思考法を持つ人間だけが成功できるのです。