サントリー社員とブルガリアのITエンジニアのコンビはなぜ複業で起業したのか

「僕たち二人で力を合わせれば、停滞する日本や企業に、新たな活力を与えることができるかもしれないね」———。と語るのはコンサルティング会社「和スペクト」の山本真潮(ましお)氏とブルガリア人のステファン・ミハイロフ氏。偶然に知り合った日本人会社員と異国の青年は、最初はただの仲の良い友人だったが、そのうちビジネス面でも意気投合。日本に圧倒的に不足しているIT人材の採用と定着に関する人事と組織コンサルティング、さらに若年層の人材育成を柱とする事業のビジョンをまとめ、和スペクトを立ち上げた。

現在山本氏はサントリーでサプライチェーンマネジメントに携わり、ミハイロフ氏は新進気鋭のIT企業スマートニュースでエンジニアとして働く。ミハイロフ氏は日本のアニメ好きが高じて来日した。

二人にとって複業となるこの会社を、どうして立ち上げたのだろうか? それは、日本の“失われた30年”を経た、国力の低下を憂いていたことがきっかけになったそう。

「国力の低下というと少し大げさなのですが。シンプルに言えば、日本全体に元気がないことが、日本人である私、そして日本が好きなステファンにとっても残念なことだと話し合っていました。失われた30年間に、世界に起こったグローバル化やIT化の波に日本が乗り遅れてしまったのが、大きな原因だと思っています。解決策の一つとして、不足しているIT人材を採用するための外国人ワーカーの斡旋を考えていますが、それだけではまだまだ人材が足りません。だから、高校生向けに英語でのデジタル教育も展開しようと思ったのです」

山本氏はサントリーの海外提携先との主担当、海外子会社との数多くのプロジェクトマネジメント、さらには外資系企業との合弁会社の出向経験があるので、国内外どちらの働き方も問題点も熟知している。一方のミハイロフ氏は世界的な金融機関のモルガン・スタンレー社とイギリス・ロンドンのスタートアップ等の勤務経験がある。モバイルニュースアプリの運営会社として成長著しいスマートニュースに入社し、彼もまた国内外の働き方を知っている。

フィリピンの企業とタッグを組んだ理由は?

和スペクトは出来たてホヤホヤの会社だが、早くもフィリピンのメジャーな人材会社とタッグを組むことになった。

「フィリピンは若いIT人材が豊富で、彼らは英語も流暢です。さらには親日的でフレンドリーな国民性なので、今まで外国人と働いたことがない日本人、日本企業にとっても仕事がしやすい人たちだと思っていました。そこでインターネットでフィリピンのいろいろな企業を検索し、今回提携する会社を探し当てたというわけです。この会社は実績が豊富で、世界のクライアントからも評価が高いので、絶対組みたいパートナーだと熱望。現地の人脈を駆使して会社のCEOにアポを取り、ステファンと二人でビジョンを語り、彼を口説き落としました。その時のCEOの対応がとても真摯だったので、やはりこの会社で良かった!と確信した次第です」と山本氏はその経緯を語る。そう、とにかく二人は熱い。そして彼らももちろん真摯にビジネスと向き合っている。

ビジネスプランを練る二人

外国人社員が日本の企業に違和感を持つポイント

「我々が斡旋する外国人社員は、日本の独特の働き方に、ある程度耐性を持った人です。それでも、受け入れ側の日本企業の社風も変えていかないと、せっかく入社した外国人社員とのミスマッチが起きてしまいます」

たとえばどんなことが障害になるのだろうか。

「職場の“飲みニケーション”もハードルでしょう。なぜなら飲み会に参加しないと、重要な話を聞けないことがあるような気がするからです。それに皆が日本語だけで会話していれば話の輪に入りづらいし、そもそも飲み会に行きたくない人もいます。しかし、飲み会に参加しない人をなんとなく排除する風潮は、フェアじゃないし、排除されたほうは不安に思います。また仕事の評価の仕方も曖昧な部分があるように感じています」(ミハイロフ氏)

最近は若い社員を中心に、会社の飲み会に参加しない風潮になっているが、企業の中には、参加は社員の忠誠心の証だと受け止めるのもいまだ少なくないと山本氏は断言する。

「飲みニケーションにしろ、外国人の仕事の評価の仕方にしろ、そしてドキュメントや会話が全て日本語という社内文化にしろ、外国人社員には違和感でしかない。外国人を採用したいのなら、社員全体のマインドセットや社風を変えていかないといけないでしょう。でも一朝一夕に変えることはできないので、我々がコンサルとしてできる限り伴走し、両者の距離を近づけることもミッションです」

そしてミハイロフ氏は続ける。「僕は日本のアニメが好きだから来日しました。でも、そうではない外国人にとっても日本は魅力的であり、魅力的な国の会社であってほしいと思います」

“英語×IT”で、高校生の未来の可能性はどんどん広がる

そしてもう一つの柱、高校生向けの学校でのIT教育とはどんなものか。

現在公立の中学校や高校でも、学生一人一人にタブレットを手渡しデジタルの授業を行なっている。しかし日本語という固有の言語の授業では、世界に遅れをとる。英語で授業を行い、かつ現場で活躍する様々なプロフェッショナルからの話をライブで伝えることが、より子どもたちの将来の職業選択の可能性を広げると二人は確信した。

「ステファンはブルガリア人ですが、英語が堪能。しかも優れたITの技術があるので、国境を越えて自由に働くことができます。彼はデジタルノマドであり、彼のような働き方をする外国人はたくさんいます。そんなデジタルノマドを学校の授業に招いて、講義をしてもらうことも考えています」

デジタルノマド(Digital Nomad)とは、場所に縛られず、世界中どこでも仕事をしているワーカーのこと。ノマドはフランス語語源の“遊牧民”を表し、その名の通り、パソコン一つ抱えてあらゆる国に自由に移動してリモートワークで働く人たちが増加している。二人を取材した際「COLIVE FUKUOKA」(福岡でともに暮らす)というビッグイベントが福岡県で開催。そこに世界各国からデジタルノマドが集合し、二人もこのイベントに参加していた。

COLIVE FUKUOKAに集うデジタルノマドたち

コラム/COLIVE FUKUOKAとは?
 2023年10月1日から10月31日まで福岡県福岡市で開催された、デジタルノマドのためのイベント。彼らは一ヶ月間福岡市内の宿泊施設で、各自がそれぞれの仕事をしながら食住をともにし、地元住民と交流した。参加者はミハイロフ氏のようなエンジニアが多かったが、それ以外にも動画編集や制作、YouTuber、SNSの運用やマーケッター、コンサル、起業家など様々な職業についていたのが特徴的だ。

地元住民と交流するミハイロフ氏

会社に縛られることのない自由な人生を謳歌する

「ITの職業というと、大抵の人はプログラマーを思い浮かべることが多いのではないでしょうか。プログラマーはうちに引きこもって、モニターの前にしがみついているネガティブなイメージを持たれることが少なくないです。でも、COLIVE FUKUOKAにきている人は、様々な職業についていますし、積極的に外に出て人と交流し、人生を謳歌しています。“英語とIT”のスキルがあれば、もともと持っている能力にレバレッジを効かせ、自分を高く売ることができる。その結果会社に縛られることもないのです」(山本氏)とは納得だ。

実際にCOLIVE FUKUOKAの数名の参加者に、福岡の後にどこに行くのか?とたずねたところ「I don’t know(わからないよ)」と答える人が多かった。行き先を決めずに移動する、潔いほどの“遊牧民”ぶりに感動する。しかも彼らはプロフェッショナルで高度なスキルを持っているので、それなりの収入を得ているのも素晴らしい。もちろん、組織の安定的な枠の中で働くのももちろんいい。しかし、この先行き不透明な世の中では、自分の持つ技術だけで食べていく気概も必要だろう。

山本氏もミハイロフ氏も所属する企業での仕事で生活のコストを担保しながら、和スペクトで複業をすることで「ワクワクが止まらない」という。これもまた人生の選択の一つだ。(ライター=東野りか)