初期の太陽系の状態を研究する上で、非常に年代が古い隕石の調査は有効な手段のひとつです。しかし、何十億年もの時間を遡って当時の様子を推定しようとすると、様々な問題や障害が立ちはだかります。
オーストラリア国立大学のEvgenii Krestianinov氏などの研究チームは、年代が古い隕石の1つである「チェック砂砂漠002隕石(エルグ・チェック002、Erg Chech 002、EC 002)」 (※1) の分析結果を発表しました。その目的は、初期太陽系での重要な熱源であり、年代測定の手掛かりとなっているアルミニウムの同位体 (※2) 「アルミニウム26」の推定濃度を他の隕石と比較しながら調査することでした。
分析の結果、初期の太陽系におけるアルミニウム26の濃度はかなり不均一だった可能性が判明しました。この結果は、「アルミニウム26の分布が均一だった」という前提で年代が分析されてきた古い隕石の年代を再検討しなければならないことを示しています。
※1…Ergは砂砂漠 (砂漠という名前から一般的に想像される、砂が主体の砂漠) を意味し、その後に続く番号は発見順や記載順などをもとに付与されます。Erg Chech 002は「チェック砂砂漠の地域で発見された隕石のうち、2番の番号が付与された隕石」という意味になります。
※2…原子核は複数の陽子と中性子で構成されています。同じ数の陽子が含まれている原子核は同じ元素に分類されますが、陽子の数が同じでも中性子の数が異なる場合は、その元素の「同位体」として区別されます。また、異なる元素どうしを比較する場合にも、「核種」という言葉の代わりとして使用されます。
【▲ 図1: チェック砂砂漠002隕石の磨かれた断面の様子。緑色の輝石結晶 (特に左上側) があることが特徴的な隕石である(Credit: A. Irving (Public Domain))】
■「チェック砂砂漠002隕石」の概要
地球では数多くの隕石が見つかっていますが、そのなかでもかなり興味深い隕石の1つが「チェック砂砂漠002隕石」です。巨大な緑色の輝石結晶が特徴的なこの隕石は、2020年にアルジェリアのチェック砂砂漠(Erg Chech)で発見された隕石の1つです。2021年に発表された研究では、チェック砂砂漠002隕石は約45億年6500万前に固化した安山岩 (※3) であることが分かりました。
この年代は、地球で見つかる最も古い鉱物結晶(約44億400万年前)よりも古く、太陽系が誕生したとされている約45億6730万年前 (±16万年) にかなり近い年代です。現在のところ、チェック砂砂漠002隕石は太陽系で最も古い火成岩 (※3) の1つです。
また、初期の太陽系における標準的な組成の物質を融かして固化させると、安山岩ができることが分かっています。しかし、これまでに見つかった火成岩に分類される隕石のほとんどは玄武岩 (※3) であり、安山岩は非常に珍しく数例しか発見されていません。希少な安山岩の隕石であるチェック砂砂漠002隕石は、誕生したばかりの太陽系に岩石が融けるほどの高温な環境があったことを示す重要な手掛かりなのです。
※3…マグマが冷えて固まった岩石を火成岩と呼びます。火成岩はその成因や成分で様々な分類がありますが、今回の話に限って説明すれば、より金属元素に乏しい火成岩を安山岩、金属元素に富む火成岩を玄武岩と呼びます。
ただし、チェック砂砂漠002隕石の年代は再検討が必要であるとKrestianinov氏らは考えています。上記の2021年の研究とは別に、2022年にはマンガン53の崩壊で生じるクロム53の比率を調べる2つの独立した研究が行われました。2つの研究チームはチェック砂砂漠002隕石が固化した年代を45億6556万年前(±59万年)もしくは46億6666万年前 (±56万年) と推定しており、双方の結果には1億年ものズレがあるからです。
2つの研究で示された古いほうの年代は、チェック砂砂漠002隕石の元となったマグマの中に偶然入り込んだ、より古い年代の岩石による可能性があります。もしもこの予測が正しい場合、チェック砂砂漠002隕石は分析する部分によって異なる年代を示す可能性があるため、より細かな分析が必要になります。
(広告の後にも続きます)
■「アルミニウム26」の概要
初期の太陽系における岩石を融かすほどの熱源には様々な要因(微惑星同士の衝突、重力による分化、太陽放射など)が考えられますが、主要なものとして挙げられるのは「アルミニウム26」の崩壊熱です。
アルミニウム26は半減期70万5000年で崩壊するため、現在の太陽系にはほとんど残っていませんが、太陽系誕生時には豊富に存在していたと考えられており、その崩壊熱が微惑星の主要な熱源の1つになっていたと考えられています。また、アルミニウム26が崩壊すると安定同位体のマグネシウム26に変化するため、マグネシウムの他の同位体との比率をもとに、隕石が岩石として固まった年代を割り出す手掛かりの1つにもなります。
しかし、アルミニウム26とマグネシウムによる年代測定が成立するには、ある前提が必要です。それは「アルミニウム26が初期の太陽系全体で均一に分布しており、他の隕石同士で同位体の比率を補正せずに比較できる」というものです。
太陽系が誕生した当時の詳細には謎が多く、物質がほとんどムラなく均一に分布していたのか、それとも場所によって不均一だったのかはよく分かっていません。そこで、通常の隕石の研究ではアルミニウム26の均一性に依存することを避けるために、他の元素の同位体を分析することで年代測定の確かさを高める手法が取られます。ただ、分析の対象となる元素がサンプルに十分含まれてはおらず、この手法が適用できない場面も多々あります。
古い隕石の年代をアルミニウム26の均一性に依存して測定せざるを得ないというこの問題は、特に太陽系誕生時から一度も変化が起こっていない「コンドライト隕石」と呼ばれるタイプの隕石でよく指摘されています。チェック砂砂漠002隕石のように、全体が融けて均一に混ざっていると推定される「エイコンドライト隕石」と比べて、コンドライト隕石は物質の構成がかなり不均一であり、場所ごとの形成年代もバラバラな傾向にあります。
また、コンドライト隕石の中で最も年代が古いとされる「CAI(Calcium-Aluminium-rich Inclusion)」と呼ばれるタイプの隕石はしばしば詳細な分析が行われますが、CIAは軽い元素が豊富に含まれる一方で、年代測定によく使用されるウランや鉛といった重い元素は不足している傾向があります。そのため、年代が極めて古いと推定される隕石のいくつかは、アルミニウム26が崩壊して生じるマグネシウムだけで年代が推定されているか、アルミニウム26とマグネシウムから推定された年代が精度の低い他の年代測定結果よりも重視される傾向にあります。