
10月から、三菱UFJ銀行の店頭・ATM振込手数料が値上げされます※1。500円以上の値上げとなるケースもあり、発表時に多くの耳目を集めたことは記憶に新しいでしょう。
※1 値上げの詳細はご参照
思い返せば、店舗は統廃合が進み、ここ数年で通帳に「利用手数料」がかかるようになるなど、メガバンクの“リアルの機能”がコストカットされてきた様子は誰しも思い当たるものがあるはず。店頭・ATM振込手数料アップは三菱UFJ銀行だけでなく、みずほ銀行や三井住友銀行が追随する可能性があるとも言われ、そうした流れがなおも継続していることを感じさせます。
そこで、なぜ銀行、特にメガバンクは“リアルの機能”に対してコストカットを進めるのか、そしてこの先、どこに資金やリソースを投下しようとしているのかについて、専修大学の渡邊隆彦教授に解説してもらいました。
店舗やATMの維持コストは利用者の想像以上に高い!?
――三菱UFJ銀行の振込手数料値上げの背景には何があるのでしょうか?
大きく言って、2つの理由があると思います。1つは、来店客数が劇的に減っていること。2つ目は、キャッシュ(現金)にはコストがかかるということ。それぞれ解説します。
まず来店客数ですが、窓口に行く人は急激に減っていました※2。コロナが後押しした面もありますが、コロナがなかったとしても、この動きは不可逆的だと考えられます。その理由は、ずばり「スマホアプリ」。今は、若い方だけでなく、中高年の方、初老の方も多くの方がスマホを持ち、活用していますよね。銀行でネットというと、当初はPCでの「インターネットバンキング」でしたが、スマホアプリで使えるようになって、中高年の人もわざわざ店頭に行くより、スマホアプリにシフトして振り込みや各種手続きをなさるようになり、店舗に行く方は大幅に減っています。
それは窓口だけでなく、ATMも同じで、“〇〇ペイ”というQRコード/バーコード決済が急速に普及しました。ATMに行って、キャッシュをおろすニーズもかなり減ってきています。
続いて、現金(キャッシュ)のコストについて。皆さん、紙幣や硬貨が身近にあるので、現金に維持コストがかかると認識しにくいかもしれませんが、実はとてもコストがかかっています。ボロボロになったお札を市中銀行から日銀に渡して、新札に替えてもらわなくてはいけないし、日銀は偽札のチェックもやっています。金融機関も現金を盗まれてはいけませんから、警備会社と契約して、プロに運んでもらうわけで、とにかく現金はコストがかかるのです。
それから店舗、現金ともに関わる話として、近年、マネー・ローンダリング対策にも多くのリソースを割いています。今、基本的にどの銀行も、現金持ち込みでの振り込みはあまり歓迎されないと思います。どこのどなたか本人確認ができないためです。振り込みは「口座から」となるのですが、口座開設時の本人チェックに始まり、継続的にモニタリングしなくてはいけないので、さらにコストがかかるようになりました。
こうした背景から、「店舗の維持費が来店客数に見合わない」というのが1つ大きな話としてあると思います。
※2編集部注:三菱UFJ銀行は2015年から2020年の間に、来店客数が約50%減少したと公表している。
――とはいえ、無料で享受できたサービスの有料化やサービス料の値上げは生活者としては「痛い」という思いもあります。
これは大前提としてお伝えしておきたいのですが、銀行はお年寄りの方や、障害のある方など、いわゆる社会的弱者の方にもサービスを提供する公共的な存在でなくてはなりません。ただ、「店頭に足を運べる方なのに、スマホが使えない方」は、ほとんどいなくなっているのも現実です。そして、インターネットやスマホアプリからなら、店頭・ATMに比べ安く振り込みや手続きができます。
ならば、スマホアプリの使い方を分かりやすく伝えるとか、次善の策としては、窓口ではなく、「ATMでその作業はできますから、ATMで」と誘導してご説明すれば、お客様の利便性は損なわず、店頭、特に窓口業務は縮小できると銀行は判断しているのだと思います。
また、政府も消費者の利便性と事業者の生産性向上につながるとして、キャッシュレスを推進しています。その方向性に沿うことは、ひいては国民や日本社会のためにもなる、という考えも銀行側にあるはずです。
――ただ、30年ほど前はどの駅前にも店舗があり、口座を作れば豪華な景品をもらえるなど、銀行側のコストがかさんでも、口座開設や現金預け入れが大歓迎されていました。
高度経済成長期は、日本全体でお金が足りなかったんですよね。特に企業セクターが、まったくお金が足りず……さはさりながら、景気は右肩上がりだろうということで、設備投資には非常に積極的で、運転資金も必要としていました。
ただ、当時、今よりも日本の直接金融市場は非常に弱く、エクイティファイナンス(企業が株を発行して、資金を調達すること)には頼れない状態でした。
そこで、銀行が預金を個人の方から“薄く広く”集めて、産業界に供給する間接金融、金融仲介機能を果たしました。銀行にとって貸出先は山のようにありましたし、金利も高かったので、預金を集めれば集めるほど銀行は利ざやでもうけることができました。経済が成長し、好景気の時代が長く続く確信がみんなにあったので、たとえその時点で“ヒストリー(業歴・社歴)”がない企業だったとしても、高い金利を払ってでもお金を借りて成長したい、喉から手が出るほどお金が必要、という状況でした。銀行からすると、ヒストリーがない分、むしろある程度金利を高くして貸し出すこともできましたし、かつ貸し倒れのリスクも低かった。それほどに経済全体の調子がよかったのです。
ですから、各銀行がこぞって駅前の一等地に店舗をかまえ、お子さんが来店すれば「預金を持ってきてね」と貯金箱を渡し(笑)、店舗での預金獲得が華やかな時代だったのです。
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金融仲介機能だけではもうからない…銀行はどこへ向かうのか
――今、その“企業にお金を貸すビジネス”はもうからないのでしょうか?
高度経済成長期のあと、バブル、バブル崩壊と紆余曲折がありましたが、今、当時と圧倒的に違うのは、企業セクターが「金余り」なんですね。企業のお金が余ってしまっていて、銀行が預金を集めても、貸出先がさほどないのです。つまり、銀行が“超然と”金融仲介機能の担い手でいられる時代は終わってしまいました。
もちろん、中小企業、これから日本が力を入れていかないといけないベンチャーは内部留保がないので、資金需要はあると思います。ただ、かつてのようにオールジャパンの企業セクターが資金を必要とし、かつお金さえ調達できれば、絶対もうかるという時代とは違うわけですよね。
少なくとも3メガバンクは、無理に店舗を一等地に構えていなくても預金を“自然体”で集めていれば、個人のお客様たちからある程度はお金を預けてもらえますので、預金を集める注力度合いがかつてとは全く変わりました。
ただ、これは日本だけの話ではありません。資本主義が成熟して豊かになると、どうしても高度経済成長から安定成長になります。そして、安定成長になると、金利は低めになりますし、マクロでの資金需要は落ち着きます――アメリカでも預金・貸出業務は、今般のインフレ昂進・金利上昇局面まではほとんどもうかっていませんでした。
――では、メガバンクは今後どこに向けて資金を投下していくのでしょうか?
リテールでいうとDX(デジタルトランスフォーメーション)でしょう。その点、三井住友フィナンシャルグループのOlive(オリーブ)は象徴的だと思います。銀行口座やカード決済、証券、保険といった幅広い金融サービスをシームレスに組み合わせた“スーパーアプリ”を目指しています。
ただ、DXのデジタル投資は自社サービスを磨くことに限りません。銀行の持つインフラは信頼性や安定性を維持しなくてはならない分、コストが高く、結果、参入障壁も高いんですね。そうした銀行ならではのインフラ基盤をうまく使って、他の業種とも一緒にやっていく時代になりつつあります。こうしたビジネスを、エンベデッド・ファイナンス(Embedded Finance/埋め込み型金融)、あるいはバンキング・アズ・ア・サービス(BaaS)と呼び、銀行はバンキングモジュールを提供し、時には黒子的な存在にもなる、そこにDXは不可欠なのです。