
ドラマ『VIVANT』で主人公・乃木憂助(堺雅人)が所属する“別班”。ドラマでは自衛隊の陰の諜報・工作部門ということになっているが、実際に “別班”という部隊は存在するそうだ。ウワサの秘密部隊の輪郭に迫る。『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』 (講談社現代新書) より、一部抜粋・再構成してお届けする。
秘密の塊
現在、東京ミッドタウンの芝生広場、ミッドタウン・ガーデンに隣接する港区立檜町公園は、池を中心とした六本木のオアシス的な存在となっている。
しかしながら、当時は防衛庁のすぐ裏手にある〝殺風景で陰気な公園〟といった印象が強く、しばしば新左翼各派が集会を開催していた。
ある調査隊員から「一緒に見に行かないか」と誘われ、彼らの仕事を垣間見る機会が何度かあった。ジャンパーなど地味な私服をまとい、イヤホンを耳に付けている調査隊員たちは、集会の様子をさりげなく録音したり、メモをとっていた。そして、はるか離れた場所からは、何人かが望遠レンズで写真撮影をしていた。
集会終了後、調査隊のうちの一人が「今日は警視庁公安部、公安調査庁も来ている。調査隊も陸、海、空そろい踏みだった」とつぶやいていたことを記憶している。
そうした隊員たちとの会話の中で、誰が言ったか忘れてしまったが、調査学校に関する話が頭の中にこびりついた。
調査学校とは、東京都小平市にある、情報や語学を学ぶための陸上自衛隊の教育機関だ。2001年に業務学校などと統合され、小平学校と名称を変えている。
調査隊員になるためには、調査学校の調査課程を修了することが必要だった。
陸、海、空の3自衛隊から指名された隊員が調査課程に入学するが、当時はいまほど情報畑はさほど重要視されておらず、病気や家庭の事情などやむを得ない理由から指名される隊員が目立っていたように記憶している。
「シンボウカテイの連中は、何をやっているかまったくわからない。秘密の塊だ」
「ベッパンは、本当にヤバイことをやっているらしい。警視庁の公安でさえ、まったく把握できていないと聞いた」
シンボウカテイ、ベッパンという意味不明な単語……。「何ですか、それは」といくら聞いても、調査隊員たちは口を濁して教えてくれなかった。
それらが「心防課程(心理戦防護課程)」「別班」のことを指しているとわかったのは、10年後のことだった。
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「別班」と「調別」
「別班」の取材は、ある自衛隊幹部からもたらされた〝すごい話〟が端緒になった。
手元の取材メモによると、その幹部と会って話を聞いたのは、2008年の4月10日。彼とはその時点で10年以上の付き合いだった。
場所は都内のレストラン。この日は目的があっての取材ではなく、「久しぶりに肉でも食うか」というゆるい懇談だったので、個室ではなかった。赤ワインを飲みながらの会話がふと途切れた直後、幹部は「すごい話を聞いた」と話し始めた。
「陸上自衛隊の中には、『ベッパン』とか『チョウベツ』とかいう、総理も防衛大臣も知らない秘密情報組織があり、勝手に海外に拠点を作って、情報収集活動をしているらしい。これまで一度も聞いた事がなかった」
どこかで聞いた言葉……一瞬にして、調査隊員から聞いた〝過去の記憶〟と結びついた。
事実ならば、政治が、軍事組織の自衛隊をまったく統制できていないことになる。シビリアンコントロールを大原則とする民主主義国家にとって、極めて重大な問題だ。
直感でそう思い、執拗に質問を重ねたのだが、彼が把握していたのは伝聞で得た情報のみで詳しいことは知らず、会食後に取材メモをまとめてみると、幹部は「ベッパン」と「チョウベツ」という言葉を混同して使っていた。
後日調べてわかったことだが、「調別」の正式名称は、陸上幕僚監部調査部別室。前身の陸上幕僚監部第2部別室時代は「2別」と呼ばれていた。
現在の防衛省情報本部電波部の前身で、いわゆるシギント(SIGINT=SIGNALS INTELLIGENCEの短縮形で、通信、電波、信号などを傍受して情報を得る諜報活動のこと)を実施する、公表されている情報機関であって、自衛隊の組織図にも載っていない秘密情報部隊「別班」とは全く違う組織だ。
調別時代から室長は警察官僚が務め、電波部長も例外なく警察官僚がそのポストに就いている。警察庁にとって手放したくない重要対外情報の宝庫だからだ。特にロシア、中国、北朝鮮情報については、アメリカの情報機関でさえも一目置く存在だ。
1983年にサハリン上空で大韓航空機が旧ソ連戦闘機に撃墜され、乗客乗員269人が死亡した事件では、戦闘機が「発射完了」「目標撃墜」「攻撃終了」と地上に報告した無線交信を、調査部別室の東千歳通信所が傍受。それを米国が公表して旧ソ連を追及したことで、調別の名前は一躍脚光を浴びることになった。
それにしても、「調別」「別班」と、なぜこんな紛らわしい名称にしたのか、疑問に思っていたのだが、元別班長の元陸将補・平城弘通が著した『日米秘密情報機関「影の軍隊」ムサシ機関長の告白』にこんな記述があるのを見つけて、納得した。
〈「特勤班」だとか、「二部分室」、あるいは「別班」と略したが、「別班」というのが最後に定着した。二部に通信傍受を扱う「別室」というのがあり、早くから世に知られていたが、「別室」と「別班」だったら紛らわしくて目くらましの効用もあるだろうということで、「別班」を使うことになったのだ〉
自衛隊幹部さえも目くらましに騙され、混同していたのだから、さすが謀略機関というところだろう。