「ミスターX」粛清後も続いた日朝のパイプ、拉致被害者・横田めぐみさん両親とめぐみさんの娘・ウンギョンさん対面の舞台裏…「モンゴルかスイスか中国か、面会は“第三国”で…」

2014年3月、13歳で北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの両親と、めぐみさんの娘・ウンギョンさん一家が初めて対面した。面会実現へ向けた水面下の交渉と、面会場所となる“第三国”決定の舞台裏を『当事者たちの証言で追う 北朝鮮・拉致問題の深層』(朝日新聞出版)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

#1
#2


横田さん夫妻と孫娘の対面案「第三国で」


横田滋さんと早紀江さん夫妻が第三国で孫のウンギョンさんと面会する。その案が実現に向けて動き出した。主導したのは外務省だった。

横田滋さん、早紀江さん夫妻はウンギョンさんとの対面を希望しているのかどうか。外務省がその真意を確認したのは2013年夏だった。ウンギョンさんに「お母さんは亡くなった」と言わせる北朝鮮の宣伝工作にのってはいけない。こうした支援団体などからの忠告を受け入れ、早紀江さんはこれまで面会に慎重な姿勢であったが、外務省幹部からの提案に前向きな意思を伝えた。

外務省は横田夫妻の意向確認を終えると、斎木昭隆事務次官が安倍氏に対し、第三国での面会に向けて北朝鮮側と水面下の交渉を始めたいと提案した。「もしうまくいけば、拉致問題の解決に向けた本格交渉の再開にもつながる」と進言した。安倍首相は「うん、わかった。それで進めてくれ」とゴーサインを出した。




横田夫妻 写真/Getty Images


斎木氏は2023年9月のインタビューで、安倍氏との当時のやりとりなどを明かしているので、その一部を紹介したい。

《当時、ウンギョンさんに娘が生まれたという情報が入ってきた。第三国での面会を当時の安倍晋三首相に相談したところ、『これは実現させましょう』と強い意向を示された。北朝鮮側は 『モンゴルならいい』と言ってきた。総理に報告すると、『(モンゴルの)エルベグドルジ大統領に頼んでみる』と言われた。大統領は二つ返事で『日朝関係の役に立ちたいと思っていた。(モンゴルの)迎賓館があるから、好きなだけ使ってほしい』と快く引き受けてくれた》

外務省が通常、国交のない北朝鮮側とやりとりする際は、中国・北京の大使館ルートを通じて行う。北朝鮮による核実験や弾道ミサイル発射に対する抗議は、この連絡方法を使っている。両国の外務省間による公式ルートだ。だが、北朝鮮外務省は独裁国家の政府組織のなかで、その地位はけっして高くない。日本政府は、トップの金正恩氏に日本側の意向が正確に伝わる保証はないとみている。このため、水面下で交渉を進める際には極秘ルートを使う。この時は、北朝鮮の秘密警察・国家安全保衛部とのパイプがあった。


(広告の後にも続きます)

日朝間の秘密交渉を担ったキーマン


複数の日本政府関係者によると、外務省が保衛部との関係を築いたのは2000年ごろ、槙田邦彦氏がアジア局の局長を務めていた時代だったとされる。保衛部の窓口は課長の肩書を持つ「キムジョンチョル」と名乗る男性で、2000年8月に日本で行われた日朝国交正常化交渉の際に交渉団の一員として来日した経験があるとの情報もある。その上司は「柳敬(リュギョン)」と名乗り、肩書は保衛部の副部長だった。

その人脈を引き継いだのが2001年にアジア大洋州局長に就任した田中均氏で、2002年の日朝首脳会談の実現に向けて事前に行われた秘密交渉を担った。日朝首脳会談後も日本政府は田中氏のカウンターパートである柳氏の名前を伏せ続けたことから、メディアなどの間では「ミスターX」と呼ばれた。




安倍政権などで日朝交渉を担った斎木昭隆・元外務省事務次官=2023年9月15日、東京 (©︎朝日新聞社)


外務省は2002年以降も担当者を替えながらこのパイプをつなげてきた。柳氏が粛清された後の一定期間は関係が途絶えたが、その後に復活。「キムジョンチョル」と名乗る男性と定期的に中国や東南アジアで面会し、コンタクトを取ってきた。2014年当時はその任を小野啓一・北東アジア課長が担っていた。小野氏はキム氏と接触し、横田さん夫妻とウンギョンさんの第三国での面会に向けた交渉を持ちかけた。

50代になったキム氏の肩書は以前と変わらず、小野氏と同じ「課長」だった。交渉には北朝鮮側からキム氏の上司である「参事」の肩書を持つ人物が加わり、日本側も伊原純一・アジア大洋州局長が同席した。北朝鮮の在外公館がある中国やベトナムなどで、通訳を交えて2対2の秘密協議が重ねられた。

「参事」は、トップと直接コンタクトを取ることが可能な「二代目ミスターX」なのか。

田中氏の交渉相手だった柳氏は副部長の肩書で、協議の場で日本側の要求に即答することもあり、ある程度の裁量権を与えられているようであった。一方、この「参事」は日本側の提案にその場で意思を示すことは少なく、「本国に持ち帰る」として回答を保留し、次の協議で北朝鮮側の考えを伝えてくることが多かったという。

「柳氏ほどの権限はないのではないか」。秘密交渉を知り得る立場にあった首相官邸と外務省のごく一部の関係者の間にはそのような評価もあったが、再び国家安全保衛部の幹部が折衝の場に出てきたことから、正恩氏が本気で対日交渉に臨もうとしているのではないかとの期待感があった。