経済安保で危機感共有…中国など念頭、政府施策相次ぎ企業に求められること

経済安全保障の重要性が高まる中、企業の事業環境が大きく変わろうとしている。経済産業省は2023年、経済安保に関し企業に求める行動計画を策定した。産業界との対話を重視しつつ、企業のコンプライアンスに対する意識を底上げし、重要物資・技術の安定供給、確保を図る狙いだ。経済的威圧を強める中国などを念頭に政府は関連施策を相次いで打ち出しており、企業側は対応強化を迫られる。企業は事業成長と経済安保の両立を経営戦略に組み込む必要がある。(下氏香菜子、編集委員・政年佐貴恵)

“攻守一体”で推進、産業支援・外為法見直し

経産省は産業界向けに国の経済安保政策の目的や内容など全体像を示した行動計画を23年10月末にまとめた。「経済安保政策は決して企業活動を制限するものではない。国際情勢の厳しさ、複雑さが増す中でもイノベーション(技術革新)を生み出せる環境整備に必要な政策と前向きにとらえていただきたい」。経産省の西川和見経済安保室長はこう力を込める。

経産省による企業向け経済安保行動計画の骨格

行動計画は産業支援策、産業防衛策、国際枠組みの構築の3本柱で構成。日本が守るべき重要技術について支援と防衛を一体的に進める“攻めと守りの経済安保”で国益の維持・発展を目指すのが基本方針だ。具体的には、産業支援策では日本が技術優位性を確保すべき分野として半導体などコンピューティング、グリーンテック、バイオを挙げ、同分野にかかる研究開発や国内での生産基盤強化を後押しする政策を示した。

産業防衛策では技術の軍事転用を防ぐ目的で整備された現行の外国為替及び外国貿易法(外為法)を見直す方針を示し、国際枠組みの構築では欧米など価値観を共有する同志国、グローバルサウス(南半球を中心とする新興・途上国)と連携し、サプライチェーン(供給網)の安定化や経済的威圧に対抗する戦略を記した。

「行動計画は国から産業界へのメッセージであり、産業界からの意見の受け皿でもある」(経産省幹部)。経産省は計画策定後、産業界と経済安保に関する官民対話を始めた。業界、供給網ごとに経済安保上のリスクや重要技術を洗い出し、必要な対策を検討する。対話は継続的に実施する。産業界との信頼関係を構築し、経済安保政策をより精緻化する狙いがある。

経産省が経済安保政策を進める上で産業界との連携を重視するのは米中の覇権争いの中で、日本が優位性を持つ重要技術の流出リスクが高まっているからだ。念頭に置くのは軍民融合政策を推進する中国だ。

中国は自国で上流から下流まで重要産業の供給網を握り、重要物資・技術の過剰生産や経済的威圧による供給制限で世界市場への支配力を高めようとしている。この国産化戦略に欠かせないピースが半導体材料や半導体製造装置、先端電子部品といった供給網の中間に位置する技術で、いずれも日本企業が世界をリードする分野だ。

他方、こうした重要技術を扱う民間企業では経済安保上のリスクに対する危機感が薄く、外為法の規制対象でないことを理由に自主的な対策を講じないままビジネスを進めるケースは少なくない。明星大学の細川昌彦教授は「日本企業がターゲットになっている。規制の有無にかかわらず、経営者自らが日本にとって不可欠な重要技術は何かを見極める力が必要だ」と警鐘を鳴らす。

米中対立を契機に法に基づく国際秩序が揺らぎ、経済と安全保障の切り離しが困難な時代に入った。国と産業界が危機感を共有し、日本が守るべき重要技術について緻密でプロフェッショナルな対話を進め、共通認識を持つことができるか。その成否が経済安保政策の実効性を左右する。

各国で関連施策、欧米も規制拡充

世界では経済安保を巡る動きが激しさを増す。

特に目立つのが、対中国を念頭に関連施策を打ち出している米国だ。端緒は18年にトランプ前大統領が成立させた輸出管理改革法で、半導体など重要技術の国外流出を防ぐための基盤を整備すると同時に、中国製品に追加関税を課すなど締め付けを強めた。

グローバル経済政策不確実性指数

バイデン政権もこの流れを踏襲。「従来の自由貿易協定は自国のサプライチェーン強靱(きょうじん)化につながらない」との認識を持っており、22年に半導体の国内生産を促す「CHIPS法」や、北米域内で生産した蓄電池を優遇する「インフレ抑制法(IRA)」を成立させた。さらに半導体や人工知能(AI)などで懸念国への対外投資規制を導入するなど、より厳格になっている。

一方、米中の板挟みにある欧州連合(EU)は、中国依存度の軽減策として「デリスキング」を提唱する。その上で23年に「経済安全保障戦略」を策定し、域内の輸出や投資制限を強化する方針を掲げる。

欧米のこうした動きは国際的な枠組みにも広がっており、23年5月に日本が議長国として広島で開催したG7サミット(先進7カ国首脳会議)では経済安保に関する声明が初めて採択された。

韓国でも22年に戦略技術を輸出承認の対象とする法律が施行されるなど、国家戦略に経済安保が欠かせなくなっている。

インタビュー/中核技術、流出防止に重点 自民党経済安全保障推進本部事務局長・衆議院議員の大野敬太郎氏

経済安保と産業界との関わりなどについて、自民党経済安全保障推進本部事務局長・大野敬太郎衆議院議員に聞いた。

自民党経済安全保障推進本部事務局長・衆議院議員の大野敬太郎氏

―23年11月に経済的威圧への対応も求めた提言をまとめました。
「経済安保推進法はできたが、国としてどう整合的に政策を進めるべきかが確立されていない。威圧国に対し、国際連携により経済というツールのどこを押さえればその国に負けないか、あるいは勝てるのか。政府は産業政策を研究開発も含めて戦略的、統合的にやらねばならない」

―経済安保を産業界に浸透させるには。
「経済安保はメーンプレーヤーが民間企業で、より深掘りした官民連携が極めて重要だ。単に仲良く連携しようというだけでなく、技術流出を防ぐには官民でのインシデントの共有、サプライチェーンのつながりや脆弱性の分析など情報インテリジェンスを高めることも重要になる」

―どこまで規制するのかが懸念点となりそうです。
「国家管理経済になってしまうのはダメで、(中核領域を定義して流出を防ぐ)『スモールヤード・ハイフェンス』の考え方が前提だ。守るべき領域はきちんと管理した上でビジネスをする。特に技術流出防止はもっとハイフェンスを張っていかないといけない。経済安保は時間軸のリスク管理。そこを政府と協力してマネージしていく、ということだ」

―3次、4次取引先といった中小企業の対応は。
「あまり中小企業にまで規制をかけるコンセプトにはなっていないが、重要技術のど真ん中に入ってくるようなものは規制すべきだろう。小規模事業者だとしても、扱う技術によっては国の地政学的な立場が逆転しかねないものもある」

―事業活動を妨げないことも大切です。
「本質的な議論で、外部不経済を内部化していく取り組みが必要になる。例えばサイバー攻撃を受けて役務提供に甚大な被害があれば信用が失墜するし、事業へのインパクトも大きい。こういう事態のリスクマネジメントとして規制がある。業界によって温度差はあるが、安保リスクが経営リスクにつながるとの認識が今後は広がっていくのだろう」