【WWDC2021】アップルの戦略を読み解く:「一度に一人ずつの革命」を今も実践するApple【大谷和利のテクノロジーコラム】

【大谷和利のテクノロジーコラム】
アップルの戦略を読み解く
「一度に一人ずつの革命」を今も実践するApple

2021年6月28日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)
WWDC2021ウィークが終わり、今回は新しいハードウェアこそ登場しなかったものの、今年から来年にかけてのAppleの方向性が明らかとなってきた。といっても、取り立てて過去と異なる何かをしようとしているわけではない。むしろ、これまで以上に、Appleが目指してきたことを追求する姿勢を明確にしたといってよい。それは、自らの土俵で「一度に一人ずつの革命」を粛々と実践していくということである。
▷ キーワードは「意識すれども迎合せず」

「一度に一人ずつの革命」(”Changing the World, One Person at a Time”を意訳したもの)とは、「何事かを成し遂げるには、身近なところから始めよ」という意識改革を促すフレーズで、Apple以外にも様々なところで使われている。たとえば、富士フイルムの現在のスローガンである「世界は、ひとつずつ変えることができる」も、この言葉が元ネタだ。

IT業界では初期のAppleが、この言葉をステッカーにして自社製品の普及を目指す決意表明にするとともに、ユーザー自身がパーソナルコンピュータ革命を支えているという事実をアピールした。

WWDC 2021で筆者がこの言葉を思い出したのは、キーノートでソフトウェアエンジニアリング担当上級副社長のクレイグ・フェデリギが、iOS 15の説明をFaceTimeから始め、さらに再生中の音楽や動画、そしてアプリ画面を相手と共有するSharePlayの説明へと進んだときだった。それは、彼がiOS 15の4つの柱として挙げた以下の項目とも関係している。

1. Staying connected(つながり続ける)
2. Finding focus(気を散らさず、本当にすべきことに集中)
3. Using Intelligence(インテリジェンスの活用)
4. Exploring the world(世界を探索)

これらは見方を変えれば、上から順に、対Zoom(および他のリモートミーティングサービス)、対SNS、対AI企業(Google含む)、対Googleの施作と捉えることができる。ただし、個々の分野におけるライバル企業たちはそれぞれに強大であり、いかにAppleといえども、一朝一夕にそれらに代わるサービスや機能を提供したり、それらに依存しないデジタルライフをユーザーに送ってもらえる状態には至っていない。

しかしながらAppleには、それらのライバルたちの持ち合わせていない強みがある。それは、コンピュータよりもパーソナルで、OSと統合的に開発され、しかも、かなりの市場占有率を誇るiPhoneとiPadシリーズだ。したがって、正面切ってライバルのサービスに対抗するのではく、あくまでも個人の目線で使いやすくメリットを感じられる機能性を増やしていくことで、徐々に、かつ確実にパイを広げる計画を立てているものと思われる。

たとえば、「つながり続ける」に関係するFaceTimeは、元々、パーソナルな一対一のビデオ通話から始まったため、Grid viewやポートレートモード(背景ぼかし)、ミーティングリンクの共有などは不要だった。しかし、このアプリ/サービスを多人数のリモートミーティングに対応させると決めたことで、少し前に追加されたGroup FaceTimeを皮切りに、そのための基本機能を押さえる必要があった。上記要素の機能追加もその一環だが、いうまでもなく、それらはすでに他のサービスで実現済みの機能であり、この部分での目新しさはゼロといえる。

一方で、ZoomやGoogle meet、MS Teamsでは、筆者の経験からも、ある程度慣れているはずの大手企業のユーザーでも、画面共有などに手間取る場合が多々ある。そこでAppleは、FaceTimeでメディアやアプリ画面のシェアがいかに簡単にできるかをアピールすることによって個々のユーザーに使い勝手や画質の良さを認識してもらい、まさに一度に一人ずつの意識を変えて、FaceTimeの利用拡大を図ろうとしているわけだ。ご存知のようにAppleは、相手に迎合してその土俵にあがることを極端に嫌う。今回も、ライバルを意識しつつ、自らの強みを見つめ直すことで活路を見出そうとしているといえよう。

FaceTimeの新機能「SharePlay」による体験の共有
ただし、今回発表された範囲内では、参加人数の上限は32人のままであり、画面共有などの権限を制限する方法や、アンケートなどをとる手段(間接的にはiMessageで対応できなくもない)についての言及もなかったため、ウェビナーなどへの対応については、今後の展開を待つ必要がある。

いずれにしてもAppleはハードウェアビジネスも擁しており、新型iPad Proから搭載されたセンターステージ(日本ではセンターフレームと呼ばれる、カメラの撮影範囲がユーザーの動きに追従する機能)や、空間オーディオの対応製品を充実させていこうとしている。それは、消費者がどのリモートミーティングサービスを利用するにせよ、Appleデバイスのユーザー体験が最良と思ってもらうための環境づくりでもあるのだ。
▷ 他の3つの柱も今後のAppleの根幹を成す

また、「気を散らさず、本当にすべきことに集中」については、プライバシー問題に続いてAppleだからこそ切り込める領域である。FaceBookをはじめとするSNSは、ビジネスモデル上、ユーザーが自らのアプリやサービスに集中して個人情報につながるポストやコメントを書き込み続けてくれることには賛成だが、それらに依存せずに仕事とプライベートを充実させるようなワークライフバランスの方向性に対しては、消極的にならざるをえない。Appleは、その点を突いて、新たなイニシアチブを打ち出した。

ユーザーが何に集中したいかに基づいて、通知やアプリケーションを絞り込む「集中モード」

同様に「インテリジェンスの活用」も、Appleは、情報をデバイスの外部のクラウドなどにアップロードして処理することの多いGooogleや他の多くのAI関連技術企業とは対照的に、自社製品のオンデバイス・インテリジェンスの充実に努めてきた。その環境が製品ラインを横断した状態である程度整ったことから、Live TextやVisual Searchを打ち出したわけだが、すでにGoogleなどが実現している機能を、より直感的で利用しやすいものとして提供するだけでなく、それらをプライバシーに配慮したうえで利用できる点が大きな特徴だ。

特に、当初は俳優やミュージシャン、テレビ番組、映画など分野が限定的ではあるものの、SpotlightでWeb上の検索機能を強化し始めたことも、Google対抗の動きとして興味深い。以前にも触れたが、Appleのプライバシー保護戦略は、サーチエンジンまで自製しなくては完全なものとならないため、その方面の開発も粛々と進めているのだろう。

4つめの「世界を探索」はApple Mapの充実を指すものだが、車線や立体交差の3D表示は、カメラによる360度撮影だけでなくLiDARなども活用してデータ収集を行なってきたことが結実したものであり、Google Mapを越えようとする意思が感じられる。

Apple Map
iPhoneによる周囲の建物のスキャンで場所を特定し、目的地をAR表示によって示すナビ機能も、すでにGoogle Mapには実装されているものの、精度的な問題があることをGoogle自身も認めており、Appleがどこまで高い精度を実現してこの機能をリリースできるかが注目される。

Apple MapのARナビゲーション
Appleは、これらの4つの柱をiOSを中心に説明したが、実際にはiPadOSやmacOSでも横断的に利用できる機能がほとんどだった。たとえばiPadOS上で説明されたQuick NoteなどもiOSやmacOSにも実装されるわけで、これら3つのOSに限っては、便宜上、説明を割り振って行なった感が強い。

もちろん、Macのキーボードとポインティングデバイスによって、隣接したiPadの操作もシームレスに行えるUniversal ControlのようにmacOS固有の機能もあった。しかし、今後は、同じM1チップを搭載しながら目的によって性格の異なるMacのモデルやiPad Proが存在するように、共通化された主要なアプリや機能をT.P.O.に応じてOSで使い分けることが当たり前になる。WWDC 2021は、そのことを明確に示すものだった。
▷ Apple TVにおける空間オーディオに関する追記

なお、春のスペシャルイベントに関するコラムで、「新型Apple TV 4KはUWBをサポートするU1チップを搭載しておらず、空間オーディオに対応できない」という主旨のことを書いたが、今回のWWDCの期間中に、Apple自ら、Apple TV(厳密には、映像が表示されるスクリーン)に対してAirPods ProやAirPods Maxが空間オーディオを実現する仕組みに触れ、UWB技術は使われていないことが明らかとなった。

AirPods ProやAirPods Maxにおける空間オーディオは、デバイス内のセンサーがユーザーが同じ方向を一定時間向いている場合、その先にスクリーンがあると仮定して空間オーディオの正面を決めるとのこと。そうであるなら、少なくとも将来的にはApple TVでも空間オーディオがサポートされる旨の情報を、春のスペシャルイベントの時点でも公開できただろう。しかし、例によって、発表時期を分散させて話題が途切れないようにすることは、Appleのメディア戦略の1つである。そのため、Apple Musicのハイレゾ/ロスレス/空間オーディオ強化や各種OSの新バージョンの情報公開のタイミングまで秘密にしておいたものと考えられる。

[筆者プロフィール]
大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)、『インテル中興の祖 アンディ・グローブの世界』(共著、同文館出版)。

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